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12.魔王と半グレ自警団
「おしおきだぁ? なんか勘違いしてねえか、このドブネズミがセレナ様の薬を盗みやがったから、俺らの方が、おしおきしてるんだよお? 被害者は、俺たちなんだよう?」
男性の一方が、肩をいからせ、眉間にしわを寄せながら、エリザにせまってきた。
真冬だというのに、筋肉ではちきれんばかりの、半袖シャツを着ていた。
「俺らはこの地域の”自警団”なんだよ。悪事を働いた奴には、罰が必要だろう?」
もう一方の、狡猾そうな茶色のジャケットを着た男性が、半袖シャツの隣に立つ。
足の震えが止まらないエリザだったが、後ろで倒れている少女を見て、怒りと悲しみがわいてくるのがわかった。
「やったことに比べて、罰がひどすぎます! それに、罰を与えるのは、あなた方の仕事ではないはずです」
きっと、”自警団”とは名ばかりの、ごろつきの集団に違いない。
人を見た目で判断するのはよくないけれど、この二人は、顔つきや、体の傷からして、エリザが人間だった頃に、たびたび村を襲った、ならずもの達と同類に違いない。
罰と称して、つかまえた人に過剰に暴行を加えているのだ。ついでに、金品も奪っているに違いない。
それが、正義の名のもとに行われているのだから、余計に始末が悪い。
「うるせえなぁ~、ああ~っ、めんどくせえ、お前くせえよ?」
「こいつにも、”罰”が必要だな~、やりすぎちゃって殺しちゃうかもしれないけど、それはいたましい事故な!」
半袖シャツの男性が半笑いで殴りかかってきたので、エリザはとっさに土魔法を発動させた。
「アースシールド!」
エリザの前に、土壁が出現し、次の瞬間、半袖シャツの破壊力のある拳と衝突して、激しい金属音が鳴り響く。
「いっでええええええ!」
思わぬ壁の出現に、半袖シャツが血まみれになった拳をかばうように、もう一方の手で包み込む。
「ちっ、こいつ、魔法が使えるのか。見た目が幼かったから油断した」
茶色ジャケットの男が、倒れている少女の下へ戻る。そして、少女を胸の高さまで引きずりあげると、その白い首に、ナイフを突きつけた。
「おらぁ! こいつが死んでもいいのかよ! わかったら俺たちの仕事の邪魔するんじゃねえ! 部外者はとっとと失せろ!」
茶色のジャケットの男は、エリザをにらみつけて叫ぶ。少女は、助けを求めることもなく、ぐったりと目を閉じていた。
ぼさぼさの髪に、青あざだらけの血まみれの顔が痛々しい。
それを見て、エリザは怒りがわいてきた。
こいつを殺したって、神様はお許しくださるに違いない。
悪魔になろうと、エリザは決意した。
──大気にたゆとう水の精霊、そして土の精霊よ、私の願いを聞き届けてください。そして、私の願うものをお授けください。
「アースリフリジレ… !」
魔法を発動して、永久凍土の剣を生成しようとしたとき、魔王の冷たい手が、肩に置かれたので、エリザは、あわてて魔法をひっこめた。
「獲物が死ぬのは困るんだな…」
魔王はエリザの側を通り越して、二人に話しかけていた。
「ところで君たち、すばらしいね。才能あるよ。ぜひ、魔王である私の部下にならないか」
魔王は両手を広げて、二人の男に歩み寄る。
なにを考えているのかわからないエリザも、ぽかんとして様子を見守った。
「その邪悪な心、人間に苦しみを与えて快楽を感じる脳を持っているなんて、魔族になるにはぴったりだ」
「なにいってるんだこいつ? 魔族は500年前に、創造神により滅ぼされただろうが?」
茶色ジャケットの言葉に耳を貸さず、魔王は続けた。
「魔族に転生すれば、湧き上がる力と無限の魔力、そして人間よりはるかに長い寿命が手に入る。どうだ? お前たちだって、気にくわない奴がいるのだろう。魔族になれば、殺りたい放題だ。その機会を与えてやろう」
両手を正面にかざした魔王の手のひらが、真っ暗なはずなのに、黒く光る。
「闇魔法、魔族転生」
男二人が、魔王が放つ黒い霧状の煙に包まれる。
「ぎぃやあああぁああぁ!」
二人の叫びが途絶えて、霧が晴れると、さっきまで人間だった2人の男は、二匹の魔族に生まれ変わっていた。
茶色のジャケット男は、黒光りする体に、頭には角、背中に紫色の蝙蝠のような羽を生やしている。
半そでシャツの男は、ゴリラのように体中に毛をはやし、その口からは牙が生えていた。
しばらく呆然としていた二人だったが、自分たちの姿を見合わせて、体を震わせた。
「こんな姿にしやがってえぇええぇえ! もとに戻せやあああぁあぁあ!」
ゴリラとデーモンが、もはや人間とは思えない咆哮を上げながら、大口を開けて魔王に迫る。
「お前たちの内面どおりの、お似合いの姿に変えてやったというのに、主に逆らうとは、どこまでも愚かな奴らだ…」
魔王はやれやれといった様子で、右手をそっと払うように動かした。
面前で、ゴリラとデーモンが真っ二つになり、魔王の顔面に、紫色の血が浴びせられた。
エリザには、なにが起こったのか、まったく見えなかった。
「きゃあぁ!」
エリザの足元には、ぐるりと白目を剥いたゴリラの上半身が転がってきた。
慌てて、後ろへ飛び退る。
魔王の回りには、バラバラになった、ゴリラとデーモンの死体が転がっていた。
「うん、やはりまずい。見た目どおりの単純な味だ」
死ぬ直前に、魔王は男の心を食べたようだ。しかし、おいしくなかったらしく、魔王は舌を出して、吐き捨てるようにつぶやく。
ひと仕事終えて、振り返った魔王とエリザの目があった。
そして、魔王は何かを思いついたのか、地面に転がった死体を指さして、エリザに向けてにやりとした。
「お前も食べるのか?」
500年の間に魔物の肉だって食べるようになっていたエリザだったが、さすがに元人間のそれは抵抗がある。共食いである。
「そんなもの、食べません!」
エリザは、きっぱりと断ったのだった。
(つづく)
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