13.魔王とリアナの家

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13.魔王とリアナの家

「だいじょうぶですか?」  エリザは倒れている少女を抱き起こして、声をかける。  少女の眉毛がぴくりと動き、やがてゆっくりとひらいた瞳と目があった。 「あ、あの…、私、自警団に襲われて、それで…」 「とりあえず、お家に帰りましょう。案内してくれる?」  不安にさせないようにと、エリザはやさしい微笑みを少女に向けた。  魔王はというと、橋にもたれて、退屈そうにあくびをしている。  獲物を懐柔するのは、人間の心の機微にうとい魔王ではなく、自分の役目だと、エリザは自覚していた。  そのために魔王は自分をお供につれてきたのだということも、わかっていた。  次第に意識を取り戻したのか、少女は地面に両手をついて、立ち上がると、エリザをにらみつけた。  それは、誰も信じないという、強い決意に満ちた、冷たい瞳だった。 「ひとりで帰れます…」  ふらふらになりながら立ち上がった少女は、乱暴にエリザの手を振り払う。   「そんなこと言わないで、一緒に行かせて。それに、そんな体だと、野垂れ死にしちゃうよ」  エリザは、必死で少女を引き留める。  というのは、魔王がエリザの心の中に、話しかけていたからだった。 ──さあ、エリザよ、獲物を確保しろ。しくじったら、さっきの奴らと同じ運命をたどることになるぞ…。  復活を遂げた魔王にとって、もうお世話係であるエリザは必要ないはず。  だから、魔王の言っていることが、あながち冗談とも思えなかった。 「水魔法、ヒーリング!」  エリザがつぶやくと、少女にかざしていた手がぼんやりと黄色く光る。  少女は、きょとんとしてその様子を見つめていたが、しばらくして、おどろきの表情を浮かべた。  体の傷をいやす、ヒーリングの効き目を体感したに違いない。   「ね、痛みが消えたでしょう」  エリザが微笑むと、少女は仕方なさそうに、うなずく。  それを見て、さらにエリザはたたみかける。 「水魔法、クリーニング!」  今度は、人差し指で、エリザを指さして、エリザは唱える。  地面に円形の魔法陣が光り輝き、そして少女は、エリザが作り出した円筒形の空間に満たされた水のなかで、回転していた。 「いやあぁああぁああ!」  それが消えると、今度は魔法陣から熱風が吹きあがり、びしょ濡れの少女を乾かしていく。  ちょっと乱暴だけど、こびりついたがんこな汚れを落とすには、この魔法が一番なのだ。  一連の作業が終わると、少女が着ていたドレスはまるで新品に戻ったかのような、鮮やかな青色を取り戻していた。  エリザは櫛を取り出すと、仕上げに少女のぼさぼさ頭を整える。エリザが人撫でするごとに、少女の髪がつやを取り戻していく。 「はい、鏡」  エリザは少女に手鏡を手渡した。 「これが、わたし…」  頬に手をあててぽかんとする少女は、すっかりきれいになっていた。 「ありがとう。あなたすごいんだね。魔法が使えるんだ。いいところの貴族のメイドさんなの?」  質問されて、どう答えるべきか迷ったエリザは、魔王を振り返る。  しかし、魔王はエリザと目が合うと、わざとらしくそらしてきた。  こういう世俗の常識には、魔王はうといのだった。 「まあ、そんなところかな…」 「魔法が使えるなら、ぜひ一緒に来て欲しいのだけど…。あ、自己紹介がまだだったね。私はリアナ。この町でホームレスをしてるんだけど…」  今までの冷たい態度を悪いと思ったのか、少女はもじもじと遠慮がちにお願いしてきた。   「いいわよ、私はエリザっていうの。どうぞよろしく」      リアナに連れてこられたのは、橋のたもとのあばら屋だった。 「遠慮しないで入って」  リアナに促されて、エリザは身をかがめて入口をくぐる。あまり大きくないエリザさえ窮屈なのだから、背が高い魔王は、もっと大変そうだ。  案の定、めんどくさそうな顔でついてくる。そんな魔王を見て、エリザは内心いい気味だと思った。おいしい食事のためには仕方ないですよね、魔王さま。 「クレリアさん、セレナの治療薬持ってきたんだ!」  リアナは青いドレスの胸元から、ガラスの小瓶を取り出して、嬉しそうにクレリアと呼ばれた病院にそれを見せた。 「そんな高い物、いったいどうして? まさか…」 「ううん、この人たちに買ってもらったんだ、ね」  突然予定外の話を振られて、エリザは戸惑ってしまうが、代わりに魔王が答えてくれた。 「はい、困っているときはお互いさまですから」  魔王のキラキラした笑顔を、エリザは横目でじろりとにらむ。一見すると、イケメンの好青年だから、困ったものだ。  それにしても、リアナの側で寝ている、クレリアという人は、病気のようだ。  たしかに、熱で目が潤み、顔が赤く、苦しそうに肩で息をしている。  リアナは待ちきれない様子で、小瓶の封印を解いて、コルク栓を開く。  すると、エメラルドブルーにきらめいていた液体が、みるみるうちにどす黒い血のような色に変化した。  続いて、悪臭が部屋に満ちる。どう見ても、薬とは思えない色と臭いだ。 「なにこれ、どういうこと…?」  泣きそうなリアナの声が、狭い部屋に聞こえていた。 (つづく)
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