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14.魔王とセレナの治療薬
「な、なにこれ…、おかしいな。なにか手順を間違ったのかな。それとも、こんな薬なのかな、ひとまず私が味見してみるよ…」
リアナは戸惑いながらも、鼻をつまんで、恐る恐る一口飲もうとする。エリザは部屋に充満する悪臭に鼻をつまみながら、様子を見守る。
良薬口に苦しというし、そういう色と臭いの薬なのかもしれないと思おうとした。
「ほう、うまそうな臭いだな…」
魔王は手を伸ばして、まさに一口飲もうとしていたリアナから、ひょいと薬を取り上げた。
「あ、返してよ!」
リアナの手は魔王には届かず、空しく宙をかいた。魔王は、一口で薬を飲み干してしまった。
「ふむ、すばらしい味だ。不正な手段で薬を手に入れたものに対して込められた呪いが込められている。それは、お金を儲けたいという欲望と、底なしの意地悪さで満ちている…、これを作ったやつを下僕にして、私のために永遠にこの薬を作らせたいものだ。もちろん、死ぬまでな…」
魔王は舌なめずりをしながら、ご満悦の表情を浮かべる。
「せっかくの薬を、どうしてくれるの!」
リアナが振り返り、魔王に詰め寄った。魔王は相変わらず、薬のせいなのか、悦に入っていてリアナなど彼の中では存在していないようだ。
エリザには、わかりかけていた。急激に変化した薬の様子と、魔王の感想から察するに、薬には不正に封印をやぶるものに対して、呪いが込められていたのだ。
そして、その呪いを解く方法は、お店で正式にお金を払う、ただそれだけのことだと思われた。
盗難防止のための、システムなのだった。
「リアナ、待って…、説明するから」
魔王に食って掛かるリアナをなだめながら、エリザは床に転がる空瓶を手にとる。
幸い、底に数滴液体が残っていた。
エリザは側を走っていたドブネズミをわしずかみにすると、空瓶に残っていた液体をなめさせる。
ほどなくして、ドブネズミは痙攣すると、体中の穴という穴から血を噴き出して、死んだ。
さすがのリアナも、血を噴き出したドブネズミの様子をみて、薬に込められていた毒化の呪いに気が付いたようだ。
そして、今しがた、毒を飲み干した魔王をまじまじと見つめる。
「あの…、ありがとう。おかげで助かったわ。でも、あなたはだいじょうぶなんですか?」
「俺はお前を助けた覚えはないのだか。おいしそうなものがそこにあったから食べたのだ」
魔王のケロリとした様子に、リアナは少し青ざめながら、エリザを見つめる。
「気にしないで、この人、何でも食べるのよ」
いいとこあるじゃない、とエリザは魔王の背中をポンとたたく。魔王はいぶかし気に、エリザを見て首をかしげた。
どうやら、魔王にとっては、おいしい物を奪っただけで、人助けをしたという自覚はないようだ。
それにしても、薬の込められた、毒化の呪いのせいで、クレリアさんを助ける術はなくなってしまった。
エリザはクレリアの苦しそうな様子が気になってしょうがないので、魔王に提案する。
リアナに聞かれないように、テレパシーで会話する。
(あの…、クレリアさんを助けてあげてもいいでしょうか…)
(お前のヒーリングでは焼け石に水だ。下手に命を伸ばしても、返って苦しみが長く続くだけだ。もっとも、それを見るのもまた一興だがな)
魔王にそう言われても、エリザは納得ができなかった。
(それに、クレリアには死んでもらった方が、都合がいい)
(な、なんでですか!)
(どうやらリアナはクレリアを好きなようだ。クレリアが死ぬことにより、リアナの心の闇はますます深く、そしておいしくなるのだ)
(さ、最低! ひとでなし!)
(もとから人ではない…)
エリザは魔王からプイと顔をそらして、クレリアに歩み寄る。側には、絶望のあまり泣きじゃくるリアナが座っていた。
「だいじょうぶよ、私の魔法で治してあげるから」
魔王に言われるまでもなく、エリザは自分のヒーリングの能力の限界を把握していた。クレリアの病気に対しては、おそらく気休め程度にしかならず、魔法をかけ続けても、数時間の延命が精いっぱいだろう。
結局のところ、セレナの薬が手に入らない限り、遠からずクレリアは死ぬのだ。
それでも、全力を込めてやろうと、エリザは両手に目いっぱい力を込めて、をクレリアに向けて広げた。
(ククク…、そうかエリザよ。蜃気楼のような偽りの希望を与えることで、絶望の谷はより深さを増す。なかなかやるな…見直したぞ)
無駄と知っている魔王の、あざけるような笑い声がエリザの心に聞こえてきた。
「そんなんじゃありません!」
エリザはキッと魔王をにらみつける魔王はわざとらしく目をそらしていた。
「水魔法、ヒーリング!」
クレリアの体が、エリザの両手から広がる優しい光に包まれていく。
それに合わせて、苦しそうだったクレリアの表情が、落ち着きを取り戻す。
しばらくして、ようやくクレリアは良さそうに眠り始めた。
「すごい! これで治ったんだよね!」
喜ぶリアナに、エリザは本当のことは言えず、かすかにうなずくことしかできなかった。
(つづく)
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