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15.魔王と仕上げの味付け
クレリアは、エリザのヒーリングで、ひとまず落ち着きをとりもどした。
でも、エリザのヒーリングでは、根本的な治療にはならない。
数時間おきにヒーリングをかけ続けなければ、すぐに死んでしまうほど、容態は悪化していた。
魔王曰く、「俺が食事を終えたら、あとは野となれ山となれ」なのだという。
でも、エリザは魔王のように、割り切れる自信はなかった。
いつか、セレナの治療薬を、届けてあげようと心に誓った。
でも、リアナが復讐を遂げることで、”薬師の聖女”であるセレナが死ねば、治療薬は二度と生み出されなくなる。
天啓の才能”薬師”を持つ者が生まれるまで待たなければならない。そして、その才能を持った者が生まれるのは、100年に1人あるかどうかであった。
クレリアを救い、そして、リアナの復讐を遂げるには、どうしたらいいのか、エリザは考え続けていた。
リアナのあばら屋に戻ると、エリザの頭のなかに、魔王からのメッセージが飛んできた。
(おい、セレナへの復讐を手伝うと申し出るんだ)
心の中で、エリザは魔王から促される。魔王によれば、リアナが今回の獲物らしい。
そして、魔王の食事のためには、リアナの復讐を遂げさせてあげる必要がある。
でも、どうやって切り出したらいいのだろう。
それに、リアナはいま、復讐よりも、クレリアのことで頭がいっぱいの様子だ。
「お前は、聖女セレナを殺したくて仕方ないのだろう」
エリザがためらっていると、魔王が単刀直入に、リアナに訊ねる。
「ま、魔王さまっ…」
エリザはあわてて魔王の口をふさごうとする。
リアナは一瞬目を大きく見開いたが、やがてこっくりとうなずいた。
「そうよ。誰にもいってなかったけど、よくわかったわね」
「先ほど、お前の頭をのぞかせてもらった。経緯はすべて把握した」
魔王の言葉に、リアナはすべてをあきらめたように告白する。
「明日の、創造神の生誕祭に、聖女セレナがこのスノーフィールドの町に巡業にやってくるの。そこを、襲う計画なの」
「お前ひとりでだいじょうぶなのか? 行列には、護衛の騎士がたくさんついているのだろう。よかったら協力するが、どうだ?」
魔王のささやきに、リアナの顔がパッと輝いた。
「本当ですか? 心強いです! あなたはは、なんだか不思議な力を持っているみたいだし」
「…こいつがな」
いつの間にか後ろに立っていた魔王に、エリザは頭をわしづかみにされる。
「えっ? ええ~っ!」
エリザはびっくりして大声を出してしまって、あわてて口をつぐんだ。元はか弱い人間の少女なのである。箸より重たいものなんて、持ったことがないのだ。
「私、攻撃魔法なんて、ほとんど知らないんですけど…、騎士様と戦うなんて…そんな」
エリザは俯き加減に、自信なさそうにつぶやいた。
「俺が出ると、町ごとぶっ壊してしまうのだ。がんばれエリザ」
魔王の陽気な声とともに、エリザは肩をポンと叩かれた。
目の前には、いい返事を待っているリアナが、期待に目を輝かせて、エリザを見つめている。
こうなると、ひとのいいエリザは、断われなかった。
「わかりました。でも、ピンチになったら、助けてくださいね」
エリザはそう、魔王にくぎを刺したのだった。
「それにしても、記憶を覗くなんて、あなた達、何者なの? でも、話す手間が省けたからいいけど」
リアナは私をじっと見て、笑う。
そして、床一面に、鉛筆で書かれた、大通りの地図が敷かれた。
道には赤い線でルートが示されている。エリザはなんとなく、その赤い線を指でたどる。
町の入り口からたどっていくと、町を練り歩くルートを経由して、エリザの指先は、最終的には、中心の大聖堂にたどりついた。
「この場所で、セレナを殺すの!」
リアナは持っていた赤鉛筆をぐさりと地図の一点に刺した。
そこは、建物が密集した、狭い路地裏の一角。隠れる場所も多く、また道も細くなっていて、護衛の騎士も縦に長く広がり、セレナへの護衛が手薄になると、リアナは思っているようだ。
「悪くないんじゃない、ねえ魔王」
作戦としては、この場所以外にはないように思い、エリザは確認するように、魔王をみやる。
魔王は地図を手に取り一瞥すると、鋭い目でリアナを見る。
「リアナよ、本当にこれでいいのか?」
「えっ…?」
魔王の問いかけに、リアナは意味がわからず戸惑っている。
「こんな路地裏で、コソコソ暗殺するみたいにセレナを殺して、お前の気が本当に晴れるのかと聞いているんだ」
中途半端な復讐では、魔王を満足させるだけのものを生み出せない。
感情が激しく揺さぶられる、心のやり取りが、獲物をさらにおいしくする、と大通りを歩きながら魔王が言っていたことを、エリザは思い出す。
「それは…、でも、失敗したら、元も子もないじゃない。成功しても、失敗しても、結局私は死刑になるのだから、チャンスは一度きりなの」
「お前に相応しい舞台は、ここだ」
リアナは魔王が突き刺した赤鉛筆の先をみて、驚いた。それは大聖堂前の広場であった。
「こんなところ、まるで公開処刑してくださいって、いっているようなものじゃない!」
「そうだ。リアナよ、お前がセレナを公開処刑してやるのだ。万人が注目し、そして創造神が見下ろす大聖堂の広場の前。復讐には最高のステージと思わないか?」
「そんなこといっても、そんな広い場所だと、護衛の騎士たちや弓兵から一斉に襲われて、とてもセレナの乗っている馬車までたどり着けないですよ」
横で聞いていたエリザは、身を乗り出して魔王に意見した。
「それをなんとかしてやるのがお前の役目なのだぞ、エリザよ」
「また、私ですか?」
魔王に指摘され、エリザは思わず自分を指さした。
「そうだ。騎士たちを足止めして、リアナの前に、セレナへと続く道をこじ開けてやるんだ。どうやるかは、自分で考えろ」
魔王はゆらりと立ち上がると、部屋を出ていく。エリザはあわてて、魔王の背中に呼びかける。
「どこへ行かれるのですか?」
「ふふ、仕上げの味付けさ」
魔王は意味深な笑みを残して、部屋を出て行った。
「ぎゃあぁああぁあ!」
しばらくして、闇を切り裂くような女性の悲鳴が聞こえて、エリザ達は、家を飛び出した。
外に出ると、闇のなかで、地面に血だまりができている。そしてそこには、魔王が立っていた。
暗闇の中から、ぼんやりと浮かび上ってきたのは、血の気がない、クレリアの真っ白な顔。
口から血を垂らし、胸元からは、魔王の黒い手にわしずかみにされた心臓が飛び出していながらも、未だ拍動を続けていた。
「魔王様、なんてことを…」
一瞬でも、優しいところもあるなんて思った自分が、浅はかだったとエリザは後悔する。
やはり、魔王は魔王でしかないのだ。
欲望のためには、息を吸うように、人を殺すのだ。魔王にとって、役に立たなくなれば、自分のああいう風に始末されるに違いないと思い、エリザは震えた。
魔王はクレリアの死体をリアナに見せつけながら、愉しそうに口角を吊り上げる。
「リアナよ、クレリアは命を終えた。もうこの世界にお前の居場所どこにもない。思う存分、復讐に専念するがいい…」
(つづく)
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