16.魔王とリアナのロングソード

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16.魔王とリアナのロングソード

 リアナがとなりでわなわなと震えていた。  そして、パッと踵を返して部屋に戻ったリアナは、銀色に光るロングソードを携えて戻ってきた。 「お前を殺してやる!」 「私を殺せる者など、この地上には存在しない。それよりも、さっさとセレナに復讐しろ」  リアナの憎しみに込めた目に見つめられ、魔王は何かを感じているように、体を震わせた。 「くっ…最高だ、その憎しみに満ちた顔、私に向けられた殺意、ぞくぞくする…、興奮が止まらない…!」  魔王は絶頂を迎えたかのように、両手を広げて天を仰ぎ、顔を弛緩させて、体をびくびくさせていた。 「この変態がぁ! 死ねえ!」  リアナが剣の切っ先を魔王に向けて、飛び込んだ。  しかし、剣はあれだけ無防備で隙だらけの魔王の体には刺さることなく、中ほどでパキンと折れてしまった。 「ちっくしょおおぉおおおぉ!」  あきらめきれないリアナは、剣を放り出して、こぶしで魔王を殴り続けるが、もちろん一切ダメージは与えられない。  リアナの拳の方が血まみれになっていくだけだ。  快楽の園から我に返った魔王は、そんなリアナを無視して、地面に手をつくと、少しだけ力を込めて叫んだ。 「魔王の道(デビルロード)!」  地面に黒くぽっかりと空いた穴が出現する。穴の向こうはきっと、大雪原の地下深くの、封印の間に通じているのだろう。  魔王はいつでも、大雪原の封印の間に帰ることができるんだ。  魔王は、今しがた殺したばかりのクレリアの死体を片手に持ち、地面の穴に片足を入れながら、冷徹な笑みをエリザに向ける。  死体を持って帰ってどうするのだろう。やっぱり、食べるのだろうか。   「では、エリザよ、お前の働きを期待しているぞ」 「こんなひどい方とは思いませんでした! もう一切協力しませんから!」  エリザは魔王の目を見ようともしなかった。 「ふん…、俺には協力しなくてもいい。リアナを手伝ってやれ、そして復讐を遂げさせてやるのだ」  魔王はそう言い残して、胸にぽっかりと穴のあいたクレリアとともに、穴の中に消え去った。  クレリアの血だまりの前で、リアナは座り込んで息苦しそうに嗚咽を漏らして泣いている。  まだ、感情の高ぶりが収まらないのか、肩は激しく上下して、呼吸も荒く、両手で抑えた顔から除く耳は真っ赤に染まっていた。 「ううっ…、うわあぁぁああぁ……ん。くそおぉおおおぉ……。ちくしょおおぉおぉぉお……」  エリザはそっと寄り添って、なぐさめようと、リアナの背中に手をあてようとした。 「さわるな! 悪魔! お前も、悪魔の手先だろう! 殺してやる!」  リアナの血走った瞳が、エリザをとらえる。切っ先がないロングソードを握りしめて、リアナが切りかかってきた。  でも、怒りにまかせて、やみくもに剣を振り回すだけだったので、戦いが得意でないエリザでも、当たることはなかった。 「リアナさん…、落ち着いて…、私の話をきいてよ…」  いくらエリザがなだめようとも、リアナは剣を振るのをやめない。 「だまれえぇぇええぇ!!! 悪魔があぁああぁぁあ!!!」  泣き叫ぶリアナの剣が、ひゅんと風を切り、エリザの耳元をかすめた。黒髪がはらりと落ちる。  どうにかしてリアナをなだめないと、このままではいずれリアナが力尽きて死んでしまう。どうしよう…、そうだ。 ──大気にたゆとう水の精霊よ、私の願いを聞き届けてください。そして、目の前のかわいそうな少女が求めるものをお与えください…。  エリザは両手を広げて叫んだ。 「水魔法、プリズム!」  それは、対象に光で映し出した幻を見せる魔法。通常は、魔物に対して幻影を見せることで相手を混乱させて、戦いを有利に運ぶための補助魔法だ。  薄明の月明りの下で、十分な効果は期待できないけれど、リアナを傷つけることなくこの場を納めるには、この魔法しか思いつかなかった。  あたりが霧のようなもやに包まれたかと思うと、ぼんやりとした人影が現れた。さっき魔王に殺された、クレリアの姿だ。 「あっ…、クレリアさん…」  手にしたロングソードを気まずそうに隠して、リアナは泣きそうな声でつぶやいた。  水魔法プリズムは、エリザはリアナの心に反応して、望むものを映し出すように、魔法をかけていた。    そして、リアナが望んだのは、両親でもなく、姉セレナでもない、この町で誰からも見捨てられてひとりぼっちだった自分に寄り添ってくれた、クレリアだったようだ。  現れたクレリアは両手を広げて、リアナを待っている様子だった。  カシャんと剣が地面に転がり、リアナはクレリアに歩み寄る。  エリザは、すこし離れてその様子を見守りつつ、魔法が途切れないように、後ろでに隠した両手に魔力を込め続けていた。 「クレリアさん…、帰ってきてよぉ…」  リアナは現れたクレリアに、顔をうずめて泣きついた。  水魔法プリズムは、光の屈折に加えて、大気を操作することで、実体と同じ感触と圧力を再現することもできる。  もっとも、そこまでのレベルに達するためには、長い時間をかけた修練が必要であり、なおかつ、その状態を維持するために莫大な魔力を消費する。  そして、エリザはその両方を満たしていた。500年という時間と、そして魔王から与えられた莫大な魔力があったのだ。 ──リアナさん、エリザさん達を許してあげて。だって、どのみち私は明日には死んでいたのだから。むしろ苦しみから解放してくれて感謝しているの。それとね、リアナさん、あなたに出会えてよかった。いつか、セレナから自由になって、きっとあなた自身の幸せを見つけられると信じてる。だから、私の分もがんばって生きてね。  エリザの唇がぼそぼそと動くのと合わせて、クレリアがリアナにそう語りかけていた。幻影のクレリアに、台詞を与えているのは、エリザなのであった。  きっとクレリアさんも、同じことを伝えたかったに違いないと、エリザは信じていた。  だって、その台詞は、考えることなく、自然とエリザの口から出てきたのだから。 「クレリアさん…、クレリアさん…」  次第に落ち着いていく様子のリアナを見て、エリザは自分の力が人間の心を癒しているということが、嬉しかった。  さっき、リアナに悪魔の手先と言われたことが、エリザには、ちょっとショックだったのだ。 「も、もう限界…、ごめんね、リアナさん…」  プリズムを維持できなくなったエリザは、クレリアと抱き合っているリアナに向かって、申し訳なさそうに頭を下げると、魔法を解除した。  周囲を取り囲んでいた霧が晴れるにつれて、クレリアの姿が、次第に薄くなり、やがて消えていった。  リアナの前には、クレリアの血だまりだけが残されていた。   「ありがとう、エリザさん」  振り返ったリアナは、相変わらず泣いていたけれど、落ち着きを取り戻して、少しだけ気分が晴れたかのような顔をしていた。 「エリザでいいよ、リアナ」  エリザは笑って、リアナに向かって微笑みを返したのだった。 (つづく)
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