28人が本棚に入れています
本棚に追加
17.お家を破壊されるリアナ
「お部屋をリフォームしましょう!」
落ち着きを取り戻して、いつものあばら家へ戻ろうとしたリアナの背中に、エリザは楽しそうに呼びかけた。
「リフォーム? それって、どういうこと?」
「お家を、きれいで便利に作りかえることです」
「あのあばら屋を? 一体、どうやって?」
いぶかしそうなリアナに、エリザは胸を張って答える。
「まかせてください」
クレリアを殺してしまったことへのお詫びと、そして、日々の生活を幸せにすることで、リアナの復讐心が少しでも薄らぐことを、エリザは願いながら、両手をあばら屋へ広げて、魔力を込める。
土に住まう大地の聖霊よ、どうか私たちに快適な住居をお与えください…。
「土魔法、理想の我が家!」
エリザがそう叫ぶと、地面が激しく振動し始める。
そして、両手にずしりと重みが加わる。エリザは目を閉じて、指をこまやかに動かし続ける。
そのたびに、地面が振動して、リアナはふらふらとへたり込んでしまった。
そして、度重なる振動で、あばら屋はがらがらと音を立てて崩壊した。
「わ、わたしの家がぁ~、もうやめてえ~!」
後ろからリアナに両肩をわしづかみにされて、エリザは激しく揺さぶられる。
それでも、エリザは涼しい顔で、振り返る。
「だいじょうぶ、さ、できたわよ、行きましょう」
「私の家を壊すなんて、やっぱりあなたは、悪魔なのね……」
リアナのつぶやきに、エリザはだいじょうぶだから、と苦笑いを返すしかなかった。
倒壊してしまったあばら屋の残骸をどけると、そこには一枚のマンホールがあった。
「よいしょっと……、ついてきて、リアナさん」
エリザがそれをどけると、ぽっかりと地下へ続く穴が開いていた。そして、中を降りていくと、そこには、広いリビングが広がっていた。
魔法の照明のおかげで明るく照らし出された室内には、岩石を削り出して作った、つやつやのテーブルに椅子。そして、暖炉には温かい火が揺れていた。
「わあ~、なにこれ、すごいね、エリザがやったの?」
「はい、土魔法で、土を切り取り、余ったものについては、圧縮して家具やベッドの材料にしました」
リアナは楽しそうに、できたばかりの部屋を見回す。そして、リビングの奥にある部屋からは、リアナの陽気な声が聞こえてきた。
そこは、バスルームである。もちろん、エリザの水魔法がかかっている蛇口があるので、お湯だって使える。
「すごい、お風呂もあるんだね」
ホームレスになってから、お風呂なんて、汚い川の水浴びしかできなかったのだろうか、リアナの目は輝いていた。
エリザはリアナの側に近寄り、穏やかに笑う。
「はい、食事の準備をしますから、お風呂にでも入ってお待ちください」
でも、振りかったリアナの表情は、曇っていた。
「でも、いいの……? 見てわかると思うけど、私、お金ないよ……」
「お金はいりません。私の仕事はメイドですから。ご主人様を幸せにできるのが、私の幸せなんです」
「エリザのご主人さまは、さっきの変態男じゃないの?」
「あれはもうクソ以下の存在です。クソ魔王です。今のご主人様は、あなたです、リアナさん」
エリザがきっぱりと言い切ると、リアナは堪え切れないといった様子で、お腹を抱えて笑い出した。
「あはは……、エリザみたいにかわいい顔で、そんな毒を吐かれると、面白くて……。なんか、私たち気が合いそうだね」
「もちろんです!」
リアナが笑ってくれたのがうれしくて、エリザは力を込めて、うなずいた。
暖かいお風呂のあとには、温かい料理が必要だ。
でも、エリザといえども、さすがに魔法で食材を生成することはできない。せいぜい、水と土の複合魔法である「植物工場」で、何種類かの野菜や根菜類を栽培できるくらいだった。
上位魔法の「生物工場」が使えれば、動物肉も作り出せあるのだが、火属性と光属性が苦手なエリザには使えない。
だから、どこかで材料を調達する必要がる。しかし、もう夜である。市場は当然閉まっているし、空いていたとしても、お金がない。まあ、お金は土魔法で、土塊を金貨に見せることができるのだけど、あまり人をだましたくはなかった。
そこでエリザは、クソ野郎の顔は見たくもないと思いつつも、仕方なく、大雪原の封印の洞窟へ、材料を取りに戻ることにしたのだった。
幸い、先ほどクソ野郎がつくったばかりのデビルロードが家をでた、すぐ側の橋の下にあるはずだ。
エリザは、お風呂から聞こえてくる、リアナの楽しそうな鼻歌に耳を澄ませながら、はしごを上っていった。
デビルロードをくぐると、そこは封印の間であった。
ちらりと玉座を見ると、そこに魔王の姿はない。ホッとエリザは胸をなでおろす。なるべくなら、今は会いたくない。
なぜなら、エリザは今、リアナの復讐を止めさせるために、全力を尽くしているからだった。
立派な家、快適なお風呂、そしておいしい食事、これらを与えることで、幸せを感じたリアナの復讐心が薄らぐことを願っていた。
しかし、復讐をさせたいくそ魔王にこのことが知れたら、きっと邪魔をされる。そればかりならいざしらず、反逆として、あのならず者たちのように、切り刻まれるかもしれないのだ。
エリザは、少しはくそ魔王を愛していたが、さきほどのクレリアへの残虐な行いを目の当たりにして、すっかり魔王を見損なっていたのだった。
封印の間を出ると、500年間歩きなれた、薄暗い廊下を、キッチンに向かって歩いていく。
ふと、キッチンのある部屋から、灯りが漏れているのに気付いた。
もしかして、お腹を空かしたクソ魔王が、クレリアを料理しているのかと、エリザの胸に不安がよぎる。
入口に隠れるようにして、高鳴る胸を抑える。そして中の様子に耳をすませると、鍋がぐつぐつ煮える音が聞こえて、おいしそうな匂いが漂ってくる。
だいじょうぶ、これは人間の血肉のにおいではない。
エリザがキッチンに足を踏み入れると、足音に気が付いたのか、白いローブを着た女性が手元の鍋をかき回しながら、こちらを見た。
その穏やかな笑顔の女性をと目があったエリザは、思わず言葉を失った。
「クレリアさん、生きていたの?」
動揺しているエリザとは対照的に、クレリアは天使のような微笑みを浮かべて、ゆっくりと、エリザにうなずいたのだった。
(つづく)
最初のコメントを投稿しよう!