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18.エリザとクレリアの手料理
「病気で死ぬ間際に、魔王様に、天使に転生させてもらったの」
クレリアは、うふっと首をかしげて笑う。
「あの…、でも、痛くなかったのですか? たしか、心臓が動きながら、飛び出していましたよね…」
「えっ、私ったら、そんなことになってたの? 全然覚えてないわ」
クレリアさんは、信じられないといった表情で、今はローブの下で膨らんでいる自分の胸元に手を当てた。
「あっ…、ちょっと、エリザさん?」
エリザはクレリアの胸に顔をうずめて、目を閉じると、片耳をクレリアの耳に押し当てた。心臓が拍動する音が、たしかに聞こえている。
確認を終えて顔を上げると、クレリアは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「リアナさんが、会いたがっています。一緒に来てくれませんか?」
エリザはクレリアの手を両手で包み込んで、お願いした。
でも、クレリアはあきらめた様子で、首を振った。
「魔王様にね、この封印の洞窟から出たら、殺すぞって、脅されているの。だから、今は行けないわ…」
エリザはしょんぼりしてうなずく。 手の中で、クレリアの手が冷たく震えている。
クソ魔王は、一体どんなひどい方法で脅迫したのか。
でも、クソ魔王が、消えかけていたクレリアの命を利用して、転生させたこともまた、事実だ。
転生しなければ、クレリアは、間違いなく死んでいたことだろう。
疑問なのは、クレリアなんぞ関係ないと言っていたのに、どうして転生させたのか。クソ魔王の気まぐれなのだろうか。
「リアナのところに行ってあげられない代わりに、ほら、これを持って行ってあげて」
クレリアは、なべつかみをはめた手で、パチパチと燃えている暖炉の上の鍋をつかみ、中央のテーブルに置いた。
蓋を開けると、ふわりとした湯気とともに、おいしそうな匂いが立ち昇っている。
具材は、ほとんど骨だけの魚や、細切れの肉、あるいは野菜の切れ端のごった煮という粗末なものであった。
エリザは、小皿によそってもらい、口をつけた。それは、とても美味しくて、彩も素晴らしかった。
きっと、クレリアの料理の腕のおかげに違いない。
「これはね、ホームレスだったときによくリアナに作ってあげていた、市場のごみ箱から拾ってきた材料で作ったお鍋なの。これを、リアナさんに食べさせてあげて。夜は冷えるから」
ごみのような食材を、こんなおいしい鍋に生まれ変わらせるなんて、クレリアの料理の腕は大したものだと、エリザは感心した。
500年間、自分のために料理を作り続けて、多少の自身はあったけれど、まだまだだと思う。
「ありがとうございます! クレリアさんが生きていることをがわかったら、きっとリアナさんは大喜びすると思います!」
エリザが向けた無垢な笑顔をは対照的に、クレリアは表情を曇らせた。
「私が生きているということは、リアナに伝えるなと、魔王様に言われているの。だから、リアナには、言わないで」
天使のような金色に輝く艶やかな髪が、俯いたクレリアの顔に覆い隠す。
仕方のないことだと、エリザは納得せざるを得ない。クソ魔王は強大な力を持っているのだ。クレリアやリアナに迷惑はかけたくない。
「わかりました。なら、このお鍋は私が作ったことにします、ご安心ください」
エリザがにっこりとして約束すると、クレリアはすこし悲しそうに、笑っていたのだった。
「えーっと、それなら…、メインのステーキにはミノタウロスの肉で、付け合わせは、このレッグイーター草のお浸しに、爆弾ポテト。それから…、そうだ、体も温まって欲しいから、火焔葡萄で作ったワインも持っていこう…、それとぉ…」
エリザが冷蔵庫から、リアナの夕食のための食材を選んでいると、そんなエリザを気遣うようなクレリアの声がした。
「うーん、エリザさん、それは、リアナの口にはあわなんじゃないかなぁ、その…、もっとはっきり言っちゃうと、食べるとリアナが死んじゃうかもよ?」
「えっ…」
エリザが嬉々とした表情のままで、右手にミノタウロスのブロック肉、左手に火炎葡萄のワインを持ち振り返った。
心配そうに自分を見つめている、クレリアの瞳と目が合う。それで、エリザは思い出した。
そうだ、リアナは人間、私は魔族に片足を突っ込んでいるのだ。そして、500年の時間は、私の好みを変えるのには十分過ぎる時間なのだった。
クレリアの言葉を意味を理解して、冷蔵庫の前でシュンとして座り込んでしまったエリザの手をとって、テーブルへと誘った。
卓上に並べられた食材を見て、エリザは思わず目を丸くした。
記憶はあいまいだけど、たぶん、エリザが人間だった頃、食べていたものが、そこに並べられていた。
牛のブロック肉に、ブドウ酒。レタス、キャベツ、じゃがいも、ニンジンなどの人間が食べられる普通の野菜。
「これ…、どうしたの? こんな極北の地では、手に入らない、デリケートな種類ものばかりみたいですが」
大雪原の厳しい環境では、スノーウルフの足を食らい栄養にするレッグイータ草や、寒さに耐える火葡萄、爆弾ポテトくらいしか、自生していない。
「魔王様が、作ってくださったの…、お前はまだ、ここの料理は口に合わないだろうって」
クソ魔王はおそらく、エリザが使える、土と水の複合魔法「植物工場」の上位互換である、「生物工場」と使って作ったのだろう。
生物工場(バイオプラント)は、火、水、風、土属性の複合魔法である。火と水、風と土という、それぞれ相反する属性を習得しないと使えない。
そして、それができるのは、魔法が得意なエルフ族に数名いるのみであるということを、エリザは暇つぶしに読んだ本で、知っていた。
まあ、クソ魔法は反則すぎる力を持っているからできたのだろう。
クレリアに親切なクソ魔王の思惑はわからないけれど、いいことをしてくれたのだから、そろそろクソを取ってあげよう。
「ありがとう、クレリアさん」
エリザはお礼を言うと、木の皮で編んだバスケットに、クレリア特製のごった煮が入った鍋と、テーブル上の食材を詰め込んでいく。
「気を付けてね、リアナのこと、お願いね」
「リアナのことは、メイドのエリザにおかませください」
クレリアに丁寧におじぎをすると、エリザはキッチンを後にした。
まっすぐ前を向き、固く口を引き締めたエリザの横顔には、リアナを幸せにして、復讐を思いとどまらせようという決意が満ちていた。
(つづく)
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