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19.おいしい食事に喜ぶリアナ
「きもちよかったぁ~、お風呂なんて、ほんっとに久しぶり! わあっ……」
テーブルに、焼けたばかりのステーキを並べていたエリザは、リアナの楽しそうな声に振り替える。
見ると、お風呂から出てきたリアナは、広々としたテーブルに並んだ料理を見て、両手をたたいて喜んでいた。
手を離した拍子に、リアナの体を覆っていたタオルがはらりと落ちて、リアナの裸があらわになった。
「あっ……、ごめんなさい」
エリザは、リアナの裸を見てしまい、顔を赤らめると、あわてて目をそらした。
そして、両手で抱えるようにして、お裁縫の能力でぼろきれから作成した、新品同様の白のワンピース持ち、リアナに歩み寄る。
ワンピースには、丸襟に袖や裾にフリルがあしらわれて、胸元には白いひもリボンが付いている、少女趣味のものに仕立てられていた。
自分の趣味がそのまま表現されてしまい、エリザはすこし恥ずかしい。
「きれいな服、つくっておきましたので…」
そっと、リアナに差し出したのだった。
「うん、うん……、おいしい……」
テーブルには、天井の明るい照明に照らし出されて、分厚いステーキをはじめに、スープ、山盛りのごはん、そしてほかほかのパン、ミルクに、そいてワインと、色とりどりの料理が並んでいる。
すごい勢いで食事を平らげていくリアナを、エリザは、うっとりとした気持ちで眺めながら、ワイングラスを一口あおる。
ふんわりとしたブドウの香りに続き、ふくよかな味が口いっぱいに広がった。
いつも飲んでいる、火炎ブドウのワインに比べて刺激は少なくて物足りないけれど、今日はリアナのためにまだ酔っぱらうわけにはいかないのだ。
夢中でステーキを口に押し込んでいたリアナが、じっと見ているエリザに気づいたのか、ふと顔をあげた。
「あっ……、ごめん……、私ったら、食べてばかりで……、あの、とってもおいしいよ。美味しすぎて、泣けてきちゃう。幸せ……」
「いいのよ、遠慮しないで、私はメイドなのよ。人を幸せにするのが、私の仕事だし、私にとっての幸せなの」
エリザは、ふふっと笑って、リアナを見返した。テーブルの上には、おしゃれな燭台のろうそくが揺らめいていた。
「そうだ、これも食べてよ」
隅の方で、湯気を立てていたスープを、リアナに差し出した。
それは、クレリアさん特製の、あまり物のごった煮であった。あまり物とはいっても、さかなの小骨は丁寧に処理され、細切れの肉は食べ応えがあるように、ミンチにして肉団子状に丸めてある。そして、根気よく煮込まれたおかげで野菜にはスープの旨味が沁みていた。
エリザが味見してみたら、一流のレストランで出しても恥ずかしくない味だった。
「これ……、クレリアさんのスープ……。エリザさん、どうやって作ったの?」
魔王に心臓をえぐり取られたクレリアが、まさか天使に転生して生きているなんて、リアナには思いもよらないのだろう。生きている(・・・・・)という可能性は、完全に排除されているみたいだ。
クレリアが転生して生きていることは、リアナには伝えられない。魔王に口止めされているからだ。もし口を滑らせたら、どういう事態が起こるのか想像もできない。
生きていることを伝えらないとしたら、エリザがこのスープの作り方を知っているという説明ができない。
そういえば、さっき魔王がリアナの記憶を読み取っていたことに気が付いたエリザは、パッとひらめいた。
「あの……、クレリアさんの記憶を読み取ったの」
「そうなんだ……」
心なしか、リアナの顔が曇る。もしかしたら、生きているかもしれないと期待を抱いていたのだろうか。
でも、エリザが口を滑らせれば、クレリアに被害が及ぶかもしれない。だから、ここは伝えたいのを、ぐっと我慢した。
「おいしい……、ありがとう」
リアナは涙をこぼしながら、スープを口に含んでいた。
エリザは体をもじもじと動かしながら、どう切り出そうかと迷っていた。それは、明日の復讐を中止して欲しいということだった。
中止は無理でも、延期してもらおう。そう、いっそ、リアナがおばあさんになって、忘れてしまうまで。
暖かいお風呂に入って、暖かい部屋でおいしいものをお腹いっぱい食べて、そして自分のような、美人のメイドが一緒にいてくれているのだ。
きっと、リアナの頭の中は、幸せでいっぱいに違いない。切り出すなら、今しかない。
エリザは自分を奮い立たせるために、ワイングラスを一口で飲み干して、リアナを見つめた。
「あの、リアナさん、明日のことなんだけど……」
「どうしたの?」
お腹いっぱいになったのだろう。リアナは満足げな様子で、すこし膨らんだお腹をさする。
「あのっ……、延期したらどうかな、明日も、たくさんおいしい料理作ってあげるから」
「何を、延期するの?」
「その……、復讐を……、延期して欲しいの。なんなら、死ぬまで延期してもいいんじゃないかなって?」
エリザは、できるだけあっけらかんとした様子で提案する。
リアナが意外そうな表情で、見返してきた。
「明日は、ダイオウイカのイカ墨パスタと…、じゃなかった、とにかく美味しい料理を作るからさ、一緒に食べよ」
「うん……」
グラスに映る自分を見つめながら、リアナは考え込んでいるようだ。もう一押しと、エリザは畳みかける。
「もしかして、さっきの男の人が怖いの? だいじょうぶだよ、私がうまくごまかしておくからさ」
エリザには、ごまかすための具体的プランはない。けれど、魔王には、自分から必死になって説得しよう。自分の感情をすべてささげたってかまわない。そんな気持ちになっていた。
「あの……、その……」
リアナが困ったように、上目遣いで自分を見ているのをみて、あと一押しだと思い、エリザはいよいよ切り出すことにした。
「それに、クレリアさんだって、本当はまだいきて…」
「そこまでだ……エリザ」
夢中になってしゃべるエリザの首筋に、血のような赤黒い刃が、スッと突き付けられる。
青ざめた顔で見上げると、いつの間にか後方には、あの男、魔王が立っていた。
(つづく)
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