20.魔王と暗黒剣ディルウイング

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20.魔王と暗黒剣ディルウイング

 リアナは、魔王をにらみつけながらも、じっと座って動かない。魔王にはかなわないと知っているからだろう。   「リアナよ、お前にいいプレゼントを持ってきてやったぞ」  恐怖で固まっているエリザを通り過ぎて、リアナの後ろに立ち、そして、ゴトリと面前に血のように赤黒く光る剣を横たえた。 「これは暗黒剣ディルウイングだ」 「なにこれ、なんだか気持ち悪い……」  魔王が差し出した剣は、その見た目通りの、邪悪なオーラを帯びており、見ているだけで、エリザは気持ち悪くなってきた。  魔王は、リアナの隣に立ち、耳元で囁くようにつぶやいた。   「お前の大切なロングソードを折ってしまったのを、申し訳なく思ってな。これは、ほんのお詫びの印だ」  みるからに邪悪でまがまがしい剣が、赤黒い光を放ち、リアナの顔を赤く照らし出していた。   「冥府の王(ハデス)に、お前のロングソードを鍛え直してもらったのだ。この剣にかかっている邪悪な呪いは、リアナよ、お前がこの剣に込めた、姉セレナに対する憎しみそのものだ、さあ、手に取るがいい。この剣は、お前の血肉をエネルギーに変え、それと引き換えに、絶大な力をお前に与えてくれる。そして、望む相手を殺すまでは、決してお前の手を離れることはない…、どうだ? 今のお前にぴったりだろう」  魔王が、リアナの耳元で低い声でささやく。  さきほどまで、エリザとリアナのおしゃべりで満ちていたリビングは、今はシンと静かで、魔王の低い声だけが、響いていた。 「だめっ……、リアナ、だめだよ……」  剣には、呪いがかかっているようだ。おそらく。リアナの負の感情を増幅させるものに違いない。そしてなにより、「一度手にとれば、望む相手を殺すまで止まらない」のだ。手に取れば、誰かが死ぬ結果になる。  エリザが身を乗り出して、剣を奪い取ろうとすると、リアナと目が合う。  すべてをあきらめたような、悲しそうな瞳だった。 「エリザさん、ありがとう……、最後の夕食、とても楽しかった……。あなたが、私に復讐を思いとどまらせようとして、一生懸命にお世話してくれたのは、とても感謝してる。でも、一度心に燃え上がった復讐の炎は、そうそう簡単に消えるものじゃないの。それこそ、私が死なない限り」 「その通りだ。よくわかっているじゃないか、リアナよ。こいつより、よっぽど優秀だ……」  魔王があざけるようにエリザを指さして嗤う。でも、エリザはとまらない。 「リアナっ! やめて!」  もう少しで剣に手が届くというところで、魔王の赤い瞳と目があった。そしてその瞳が赤く光る。 「じゃまをするな……」 「あっ……」  瞬間、エリザの体が、金縛りにあったかのように、動けなくなった。  どんなに力を込めても、伸ばした指先は、微動だにしない。  震えているエリザの目前で、リアナが剣を取る。  剣が赤く光り輝いたかと思うと、リアナの目つきが変わる。  さっきまでの穏やかな表情が、一変、憎しみに満ちあるれた般若のような顔つきへと変貌していた。 「殺してやる……、セレナ……、だれにもじゃまさせない……」  リアナの血走ったかのような赤い瞳ににらまれて、いつの間にか体が動くようになっていたエリザは、あきらめたように、そっと身を引いたのだった。 「うっ……」  リアナはうめくと、座ったまま、気絶するように、すやすやと眠り始めた。力を失ったリアナの手から、剣が床に滑り落ちる。  なにが起こったのかを説明してほしかったエリザは、剣を拾い上げていた魔王をちらりとにらむ。 「憎しみを始めとした負の感情は、脳に負担を与える。剣から大量に流れてきた自身の感情に、脳が疲労を感じて、眠ったのだろう。心配するな。明日には目を覚ます。復讐の悪魔、リアナとして、な」  魔王は、そう答えながら、うっとりと剣を眺めていた。  エリザは、だらしなく椅子に体を預けているリアナを、そっと抱きかかえて、寝室のふかふかの布団に横たえて、肩口に布団をかけてあげた。  ちなみに、この布団も、エリザの”お裁縫”の能力(スキル)で、ぼろきれから再生したものである。  すやすやと、穏やかな表情で気持ちよさように眠っているリアナの顔を見守りながら、眠っているときくらいは、憎しみから解放されていることを祈っていた。  エリザがリビングに戻ると、魔王が火ブドウのワインで一杯やっているところだった。  エリザの脳から抽出される、悲しみと憎しみの感情エキスが入っていないので、すこし物足りない様子ではあった。  エリザはだまって正面に腰かける。まるで、封印の間でのいつものお食事の時間のように。 「明日はいよいよリアナの復讐の日だ。失敗は許さないぞ、エリザ」  グラスをあおる魔王にじろりとにらまれ、エリザは縮こまる。  でも、エリザは気乗りしない。リアナに人殺しになって欲しくはないのだ。それに、”薬の聖女”セレナには、大勢の護衛の騎士団や弓兵が付いているだろう。むしろ殺されてしまう心配の方が大きい。  リアナが復讐に成功して、セレナを殺しても、死刑になる。結局、リアナの行先は、死しかない。  それが、エリザには悲しかった。  だって、500年後の世界で、初めて出会った、友達だったから。 「でも、なんとか誰も死なないですむ方法はないのですか? だって魔王様もおっしゃってましたよね、人間は生きたまま、その感情を食らったほうがおいしいと」 「そうだ。リアナがセレナを殺して、復讐を遂げた瞬間に、その開放された負の感情を頂く。そのあと死刑になろうが、知ったことではない」  さらりとそう告げる魔王に、エリザは思った。ああ、やっぱりこの人は魔王なのだ。魔王にとって、人間はまるで家畜のような存在。  自分のために食べ物を提供する存在でしかないのだ。 「そんなことより、お前の感情エキスをくれないか。やはり、入っていないと物足らなくてな」  魔王はワイングラスをエリザに見せつけながら、おねだりしてきた。 「いやです……。 リアナさんを助けてくれるなら、考えもしますが……」  きっぱりと断るエリザに、魔王はあきれたように笑う。 「魔王に逆らうとは、仕方ないないやつだ」  魔王は、処理するかのように、ぐいと残りのワインをあおった。 (つづく)
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