7.魔王と姉セレナ

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7.魔王と姉セレナ

 父親は急いで製造工場へ赴き、原因の追及を始めた。  でも、調合する薬品の手順や量、化学変化の方法などは、一切変更していない。  そもそも、他の薬屋と同様の製法で、異常な効果を得られていた今までがおかしいのだ。  両親は、それはリアナの天から与えられたギフト、”薬師”によってもたらされていた恩恵だと信じていた。  でも、この現実を目の当たりにした両親は、気づかざるを得ない。  才能を与えられていたのは、妹のリアナではなく、バルトレル王国の辺境の町に売り飛ばした、姉のセレナだということを。  まず父親が説得のため、旅立った。しかし、数か月しても戻ってこない。  今度は母親が、旅立っていった。  やはり数か月しても戻ってこない。  リアナには、店や工場を切り盛りする能力はまるでなかった。  当たり前である。これまでずっと、両親に溺愛され、甘やかされて育ってきたのだから。  それでも、世間の風当たりは容赦なかった。  宣伝されている効果が得られなかったことによる、損害賠償請求が、あまたの冒険者や大手ギルドから届いた。  請求書に交じって、裁判所からの真っ赤な封筒も届いていたが、現実逃避したいリアナは開封することはなかった。  いつの間にかお金は底をついていて、従業員への給料も未払いとなり、一人、また一人と姿を消して、そして誰もいなくなった。    わがまま放題で、従業員にも尊大な態度をとっていたリアナを助けてくれる者は誰一人としていなかった。  それでも、両親は帰ってこず、手紙一つよこさない。  ランプの油を買うお金もなく、暖炉にくべる薪もなくなった暗い部屋の中で、リアナはずっと両親の帰りを待ち続けていた。  ある冬の午後。相変わらず寝てばかりしたリアナだったが、ドンという音で、目を覚ました。  ベッドを出て1階に行くと、ドアが破壊されており、そして大柄な男性が複数人がかりで、室内の家具や調度品を運び出していた。  リアナが止めに入ろうとすると、取引先だった大手ギルド職員の中年男性が、文書を突き出してきた。  それは、バスラ王国裁判所の発行する、判決文だった。大手ギルドから起こされていた訴訟。  薬品の不具合によりギルド及び所属する冒険者にあたえた損害賠償請求の一切合切を認めるという内容だった。  リアナが現実と向き合わず、裁判所の呼び出しに応じなかったので、相手方である大手ギルド側の主張がすべて認められてしまった。  もっとも、仮にリアナが裁判に出席していたとしても、この事態を回避できたとは到底思えなかった。 「やめて! やめてよぉ…! お願いだから!」  家族の思い出が沁みついた家具が、つぎつぎと持ち出されるのを止めようと、リアナは作業員に割ってはいる。  よく見ると、作業員は、以前リアナファーマシーの薬品工場で働いていた男性だった。  リアナは自分がぞんざいにあつかってきたことを忘れたかのように、男性にすがりつく。 「あなたなら、わかるでしょう。お父さんによくしてもらったでしょう!」 「うるせえ! このわがまま娘が! 給料もろくに払わねえで何ってんだ!」 「いたっ! う、うわあぁぁああぁあん!」  乱暴に足蹴ににされて、地面に転がったリアナは、そのまま突っ伏して泣きじゃくった。  そうやっていると、誰かしら助けてくれるのだけど、今は邪魔だと足で蹴りつけられるだけだった。  やがてリアナファーマシーの中は、家具や照明が一切なくなり、がらんどうの空間になった。  いつの間にか、日は傾き、窓からは西日が差し込んでいた。  この家も、損害賠償の支払いに充てられるのだろう。   布団がなくなったベッドに突っ伏して泣いていたリアナは、大男二人に抱えられて、家の外に放り出される。  そして、ギルド職員の男性により、リアナファーマシーと掲げられた看板が外される。  看板が外されるのを見ながら、リアナは楽しかった子供時代を思い出して泣いていた。  不意に、視界が涙で曇る。  通りを行きかう人の、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。  お母さん、あの人なんで泣いてるの~、と無邪気な子供に指をさされた。    秋も深まってきたこの時期、夕方はそれなりに冷え込んだ。  木枯らしが、ドレス姿ではだしのリアナの体を容赦なく吹き付ける。なにもかも、持っていかれてしまったのだ。ドレスだけは、温情で残してくれたようだ。  今夜はどこへ泊ろうかと、リアナが途方にくれて、沈みかけている夕日を眺めていると、ぐいと手を引っ張られる。  こっちへこいと、ギルド職員に連れていかれる。  彼がいうことには、リアナ自身もまた、損害賠償の支払いのために、働かされるみたいだった。それも、いかがわしいお店で。 「いやあ! 助けて! 行きたくないよぉ! 許してよ! 真面目に勉強するから!」 「うっせえな! この無能が! 静かにしろ!」  ギルド職員はリアナのお腹を何度も殴り、そして蹴り上げる。 「うっ…、おええぇぇぇええええ…うげえっ…」  腹に加えられた衝撃で、リアナは朝食を戻してしまい、それが男の服にかかる。  男はこめかみに血管を浮きだたせながら、リアナを怒りの形相で見据える。 「このバカが! 汚ねえな! 拭きやがれ!」  男はリアナのドレスで、ごしごしと自分の服を拭く。  そのドレスは、リアナのお母さんが誕生日のために作ってくれた、特製のドレスだった。 「や、やめてぇ! そんなもの拭かないでええぇぇ! お願い!」  リアナの叫びをよそに、男はリアナを這いつくばらせた。 「自分の不始末だろ、なめてキレイにしろ」  眼前に、たったいま自分が吐き出したばかりの液体で汚れている、男の靴が目に入る。  リアナがためらっていると、まるでボールをけるかのように、男の靴先がリアナの口に差し込まれる。 「う、うう…、ごぼぉ…、く、くさいよぉ…」  リアナはすべてをあきらめて、死んだような目で、靴をなめ続けた。  あえて意識を遠のかせて、この厳しい現実を直視しないように。 「ちょっとまって!」  懐かしい声がして、リアナは振り返る。  そこには、夕焼け空を背景に、姉セレナが仁王立ちして、こちらを見据えていた。  後ろには、王宮付きの騎士らしき人と、白馬の馬車が控えていた。 (つづく)
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