1.魔王とセレナの追放

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1.魔王とセレナの追放

「セレナ、17歳の誕生日である本日をもって、お前には我が店を出て行ってもらう」  朝食のテーブルに座るやいなや、セレナは先に座ってた父親から、言い放たれた。  パンを口に運びかけていたセレナは、それを落っことしてしまった。そして、唇を震わせながら、おそるおそる訊ねた。   「な、なぜですか、お父様…」  これまでわがまま一つ言わず、両親やリアナの言うことは、すべて聞いてきた。  お気に入りの熊のぬいぐるみをはじめとして、リアナに譲ったものは数知れない。  リアナの妨害にもくじけず、毎日家業の手伝いを終えてから、夜遅くまで勉強して、やっとの思いでつかんだ、王都の薬師養成学院の合格も、いつの間にかリアナのものにされていた。  それでも、セレナはがまんした。自分が耐えることで、家族が幸せならば、それでもいいと思っていた。   「お前も世間の荒波にもまれた方がよい、よい奉公先を探しておいた」  父親はもっともらしいことを言うが、セレナは自分が売り飛ばされる理由を知っていた。  両親が話しているのを、意図せずに、聞いてしまったからである。よくないことと思いつつも、ドアから漏れる両親の声に、足が動かなかった。  リアナが薬師養成学院の定期テストで赤点を取るたびに、寄付と称したわいろを送り、便宜をはかってもらっていたのだった。  それが、家計にとってかなりの負担になっていたようだ。  リアナはそれを知ってか知らずか、向かいの席で、素知らぬ顔でミルクを飲んでいる。  そして、立ち聞きの中で、奉公先もセレナは知ってしまっていた。それは、オークの町だった。 「オークの辺境の町で、何を学ぶというのですか?」  セレナにしては、生まれて初めてといっていいくらい、父親からの指示に反論した。  オークはとても性欲が強い。そして、同種族より他種族とりわけ容姿端麗な人間族や、エルフを好んで犯す。オークにとっては、エルフが至上ではあったが、高値の花であった。  それで、安価で供給も安定している人間族の需要が高い。 「口答えするな! 役立たずの癖に、妹のリアナを見習ったらどうだ!」  父親はセレナを怒鳴りつけて、頬を張る。  怒声と暴力で攻められて、セレナの瞳は生きる気力を失ったように、灰色に染まっていた。  このお店、リアナファーマシーの薬が飛ぶように売れるのは、効能がけた違いに良いからである。  回復薬はひん死の重傷であっても、一口飲めば全快するし、治療薬は世界に存在する、死を除く、ありとあらゆる病気や状態異常を治療することができた。  そして、効能がけた違いなのは、セレナが製造した薬すべてに、魔法をかけていたからである。  セレナは、ある日、夢を見た。  それは、暗闇のなかでの一筋の光。深い井戸の底で、泣いていた自分に差し込んだ一条の光のようだった。  輝く光は、自分のことを、創造神と名乗った。この世界を創造したのは、私であると、まで断言した。  そして、不幸なセレナに、天啓の才能である”薬師”を与えてくれた。  ”薬師”のスキルがあると、ただの水からさえも、セレナが思ったとおりの効果を持つ薬が作れるようになる、とのことだった。  翌朝目がさめたセレナは、ダメもとでコップの水に手をかざして念じてみると、中にあったはずの水が、最高級ポーションへと変化していたのだった。    それからセレナが、ただの回復薬に、魔法をかけ続けたおかげで、今では一攫千金を狙ってダンジョンへ潜る冒険者にとっては、お店の回復薬や治療薬が必需品となっていた。  そして、冒険者から評判を聞きつけた、王都に拠点を置く、多くの冒険者ギルドとも、定期納入契約を結ぶことになり、莫大な利益を上げていた。  でも、セレナはそれが自分のおかげだと言わなかった。それで、いつの間にか、リアナが天啓の才能”薬師”を持っていることになっていた。  お店の名前まで、リアナファーマシーに改名された。  でも、家族が幸せなら、それでいい。なんだかリアナが自分のおかげだと勘違いしているみたいだけど、それでもよかった。家族が幸せなら。  セレナはそう自分に言い聞かせて、誰にも言わず、黙々と薬に効能を付与し続けていた。    その結果が、これなの…。私の願いが、間違いだったというの…。      セレナは、いましがた殴られて腫れあがっている頬を抑えて、テーブルの木目に集中した。何も考えたくなかったのだ。   「さあ、来い!」  父親にぐいと手を引かれる。胸に抱えた大切な本を、おもわずギュッと抱きしめる。持ってきていてよかった。もし、持っていなかったら、とても部屋に取りに戻る時間はなかった。   「お父さん、私がいなくなると、あの…、その…、困ったことになるよ、だから…、行きたくない」 「天啓の才能”薬師”を持つリアナさえいれば、お前はいらない」  父親は冷たく言い放つ。それでも、セレナは家族を不幸にしたくなくて、叫び続ける。 「だから、それは私なんだって! 信じて、今から見せるから…」 「うるさい!」  しかし、セレナの訴えは、父親の拳により封殺されたのであった。  玄関先で、投げ捨てるように、フードをかぶったオークの男性に放り捨てられる。  そして、父親は振り返ることなく、バタリと玄関が閉じられた。  オークの男性が、リアナを激しく怒鳴りつけた。人間に比べて、数倍迫力があり、セレナはびくりと震えた。 「おい、いつまでも泣いてんじゃねえよ!」 「だってぇ…、だって…、私がいないと、お父さんが、お母さんが、リアナが不幸になっちゃうよ…」  セレナが泣いてわめいても、オークの男性はセレナの両手両足を縛り付けて、荷物用の馬車に放り込んだ。  ほかにも、数名、同じように身売りされてきたであろう女性が乗っていた。  馬車が走り出す。お店が、よく利用していた市場が、次第に遠ざかっていく。    不意に、街の景色が涙でにじんだ。  そして、当然だが、”薬師”の才能を持つセレナを失ったことにより、リアナファーマシーとリアナの没落が始まった。 (つづく)
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