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10.誰かさん
「巨大怪獣No.028は、ヴァイオレットによって退治されました」
淡々とアナウンサーが言う。いつの間にか、当たり前のように、巨体怪獣とそれを退治する紫色の巨人のことは日常生活に根付いている。
しかし、紫色だからヴァイオレットって安直っていうか、なんていうか。
怪獣被害は甚大だし、亡くなった人もいる。仮設住宅で暮らしている人もいる。
ヴァイオレットのことを正義のヒーローとする人もいるし、疑っている人もいる。まあ、どれも正しいと思う。
誰かにとっての正義が、誰かにとっての悪なのは当たり前だ。
まあ、人間は図太いから。ヴァイオレットのグッズ作って売ったりしてるとことあるけど。この前はガチャガチャを見かけた。
幼稚園ぐらいの子が親の手作りっぽい、ヴァイオレットの着ぐるみを着てるもみたし。
実際に自分が襲われるまで対岸の火事なのかもしれないし、襲われてもヴァイオレットが助けてくれると思ってるのかもしれない。それが真実かどうかは別として。
ただ、俺にひとつだけわかるのは、ヴァイオレット自身は自分を正義としてるんだろうなということ。
多分、ヴァイオレットは……。
「進! 遅れるぞー」
「今行く」
テレビを消して、荷物を持つと部屋を出る。
「遅い」
「間に合うだろ」
「飛行機だぞ」
「焦りすぎだって」
歩と言い合いながら、駅に向かう。
念願叶ってチェスの大会のために外国に行く。
俺が。
「進が出場するなんてなー」
「真剣に向き合おうと思ったんだよ」
二十年ぐらい前、歩と争ったあの一件で、俺たちの人生は変わった。
歩はチェスをやめて、代わりに俺がチェスに真剣に向き合うようになった。かつての仲間を思いながら続けてたら、割とどんどん成績を伸ばしてきたのだ。
「いやー、楽しみだな」
何故かついてくる歩が隣で観光ガイドを広げている。のんきなやつ。
ついさっきまで巨大怪獣が暴れていても、飛行機は飛ぶし、俺たちは予定通りでかけるのだ。
誰かが戦ってくれてるから。
「なー、進」
「うまそうな飯でもあった?」
「ヴァイオレットって、あれだよな」
観光ガイドを見たまま歩が言う。
ああ、歩も気づいてたか。
「そうだな」
「また、出てきちゃったのかな」
「だろうな」
「なんか、申し訳ないなぁ」
「それは同感」
俺たちがつけた決着は不完全だったってことだから。
「まあ、でも、何を言っても俺たちはもうキングじゃないし」
「駒もいない」
「そう、見知らぬ誰かさんにがんばってもらうしかない」
「もう、ただのおっさんだしな」
「初海外にウキウキしてるおっさんな」
「会社の人から土産のリクエストたくさん受けてるから」
「観光だな」
ただのおっさんは、おっさんの毎日を過ごす。
だから、悪いが正義の味方は頼んだ。見知らぬ誰か。そして、きっと近くにいるあの黒マント。
今度こそ、完全に決着がつくように祈ってる。
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