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02.吐息
吐いた息が白い。
また、冬がやってきた。
あの事件も、冬だった。
四人家族。両親が遺体で発見され、息子と娘が行方不明になった事件。
季節が巡り、また冬が訪れる頃、娘が帰ってきた。
大量誘拐事件の被害者の一人だった。宗教団体による若い女性を狙った誘拐事件。誘拐されていた人は無事保護された。その宗教団体の壊滅には、ハーメルンの笛折男と呼ばれる覆面の男が絡んでいる。
新聞記者として、四人家族の殺人及び行方不明事件を調べていた僕は、助かった娘をきっかけにハーメルンの笛折男についても調べていた。
でも、特に何も答えは出ないまま、新しい事件に押し流されている。
あれから四度目の冬だ。
彼女のお兄さんはまだ見つかっていない。残された血液には、息子のものも、お兄さんのものもあったこと、それがかなりの量だったことを僕は彼女に言えないでいる。
彼女はお兄さんが帰ってくるのを待ちながら、信じながら、少し諦めつつ、また前を向いている。
恥ずかしながら、事件を調べるうちに彼女と仲良くなった僕は男女交際をはじめ、いよいよ今日、次のステップに進もうと思っている。
「おっと、すまない」
そんなことを考えながら歩いていたら、前からきた男性にぶつかった。
男性の手からカバンが落ち、中身が転がる。
「あ、すみません」
慌てて僕もそれを拾う手伝いをする。
財布とか、鍵とか。
「お兄さんの方は大丈夫か?」
「え?」
「その花、折れてないか?」
聞かれて花束に視線をうつす。
「大丈夫です」
「恋人にでもあげるのか?」
「ええ、まあ。彼女の誕生日なのでプロポーズしようと思って」
笑うと、男性は、
「なるほど、頑張って」
小さく微笑んだ。
額から頬にかけて大きな傷跡がある。それに思わず気を取られ、慌てて目そらす。じろじろ見るもんじゃない。
でも、どこかで会ったことがあるような……。
「はい、どうぞ」
拾った財布たちを男性に渡す。
「ありがとう。プロポーズ、上手くいくといいな」
「ええ、ありがとうございます」
男性はふっと笑うと、それじゃあと僕の横を通り過ぎ、その瞬間、
「サチのこと、よろしくな。幸せにしてやってくれ」
そう、言った。確かに、そう。
慌てて振り返る。
男性の姿はもう人混みに紛れてわからなくなった。
思い出す。
あの人は、彼女が持っていたお兄さんの写真に似ている。
そして、あの傷。
「ハーメルンの……笛折男……?」
いつも覆面をつけていたそいつだか、素顔を目撃されたこともある。その時、顔に大きな傷があったと、聞いている。
「……まさかね」
呟く。
弱々しく吐いた息が、白い。
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