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05.チェス
「全日本チェス選手権チャンピオンの、柊歩さんですね?」
学校からの帰り道、声をかけてきたのは、知らないおじさんだった。父さんよりも、きっと上。
「そうですが」
「ああ、よかった。わたし、こういうものです」
差し出された名刺。新聞記者らしい。
「取材は一度母を通して貰えますか?」
少なくとも中学を卒業するまでは、母が窓口になるという取り決めをしている。
「いえ、取材ではなく」
おじさんは、少し微笑むと、
「ぜひ、最年少チャンピオンに見ていただきたい駒があるんです」
「駒?」
「もっと強い人と戦いたい。あなたのインタビューを読みました。その願いが、叶うかもしれない」
「……少しだけなら、時間あります」
強い人と戦いたい。それは今、一番の望みだ。もう日本は退屈だ。はやく世界に勝負に行きたい。でも、母さんはまだ早いという。せめて高校生になってからじゃないと海外には行かせられないと。天才の俺の母親としては、平凡すぎる。
つまらない。
おじさんに連れられてきたのは、古いアパートの一室だった。
「これです」
見せられたのは、普通のチェスの駒。黒しかないけど。
「触れてみてください」
ナイトを差し出さるので素直に触れると、ビリッと静電気のようなものがはしり、
「汝に問う」
「うわっ」
なにか、声がした。頭の中に、直接響くような。
落ちそうになった駒をおじさんが、支える。
「驚くのはわかりますが、離さないで」
そう言うってことは、幻聴では無いのか。
もう一度触れる。
「汝に問う」
声がする。男とも女とも、若者とも老人ともとれる不思議な声。
目を閉じて集中する。
「力が欲しいか?」
漫画みたいなセリフに苦笑する。
「要らない」
はっきりと否定する。
「なぜなら、俺は既に強いから」
俺が欲しいのはただ一つ。
「もっと強くなるために、強いヤツと戦いたい」
少しの間の後、はははははと笑い声がする。
「面白い。気に入った。汝をキングと認めよう」
次の瞬間、目を閉じていても分かるぐらい眩しい光が部屋をつつみ、消える。
恐る恐る目を開けると、
「うわっ」
自分の手を見て驚いた。手だけじゃない。全身が鎧のようなものに包まれている。中世! って感じの。イメージだけど。
顔もなにかかぶっているみたいだ。重い。手を伸ばして触れると、とれた。これもやはり、兜のようなものだ。
「ああ、よかった。認められたんですね」
おじさんが言う。
「わたしは、チェスのこと詳しくないし、質問にも答えられなくて気に入って貰えなくて……」
「どういうことなんですか?」
一人で納得しないで欲しい。
「ああ、すみません。あなたは若いからご存知ないでしょうが、昔、とある宗教団体が若い女性を誘拐して生贄にしようとしていた事件があったんです。未遂で終わったんですが。縁があって、仕事の傍らその事件について調べていまして」
そしたら見つけたんです、とおじさんが言う。
「その宗教団体の関係者が消えた場所に、埋まっていました」
「このチェスが?」
「ええ。黒い方だけ」
埋まっていたという割には、駒は綺麗だ。
「我々はキングの駒」
突然おじさん以外の声がして驚くと、先程のナイトが宙に浮いていた。マジか……。
「キングの勝利のために手となり足となり動きます。なんなりと、ご命令を」
ハキハキとナイトが喋る。
「あら、これがキングなの? 若いわね」
同じように宙に浮いたクイーン。
「王様にー」
「勝利をー!」
口々に言うのは、ポーンたち。
「勝利って……」
「リアルチェスと陣取りゲームを合わせたようなもの。我々を使い、実際の街を進んで、ぶつかったところで勝負し、陣地を増やす。陣地の多さは力になる。勝負を繰り返し、最終的にキングを取った方が勝ち」
「ああ、相手がいるんだ。チェスだもんな」
なるほど、楽しそうではあるな。
手を見る。鎧に覆われている。
「子供の時見た、変身ヒーローみたいだな」
こんな感じでいろんな色に変身したのが戦ってた。生憎、俺の黒は地味だが。
「近いかもしれませんね」
おじさんが言う。
「一般には公にはされていませんが……以前、黒衣の騎士と呼ばれていた青年が教団の残りと戦っていたんです」
「ああ、じゃあ俺の相手も?」
「教団の関係かと」
なるほど、悪の団体を倒すのか。正義の味方か。少し愉快だ。
でも、一番気になるのは、
「相手が強いかどうかだな」
「これは普通のチェスとはまた違います。あなたの頭ならきっとすぐ慣れるだろうが、初めてな分ハンデになるでしょう」
「なるほど、ちょうど良いかもな」
退屈していたところには、ちょうど良い。カッコイイしな。
「ではキング、これからどうぞよろしくお願いいたします」
こうして俺はブラック・キングとなった。退屈な日常よ、さよなら。躍進劇は、ここからだ。
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