06.双子

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06.双子

 そんな気はしていたのだ。 「そっちの作戦の一つ一つが、どうも知っているものの気がしてたんけど……」  予感には外れていて欲しかった。 「お前がブラック・キングだったんだな、歩」  兜を取った双子の弟が冷たい目でこちらを見てくる。 「家出して帰ってこないと思ったら悪役ごっこか」 「うっせーな、進。双子なのに兄貴ヅラすんな、俺より弱いくせに」 「そうだな」  ずっとこの弟に負けてきた。運動も勉強も。何よりも歩はチェスが強くて、最年少日本チャンピオンにだってなっている。  だけど、今回ばかりは負けるわけにはいかない。 「進、大丈夫か?」  ナイトが問いかけてくる。 「ああ。歩じゃないかって覚悟はしてたから」  ショックは少ない。 「逆に気合いが入った。絶対に負けられない」 「ふん、駒の数はこちらが多い」  歩が笑う。  確かにここまでの戦いで俺の手駒はかなり取られた。でも、関係ない。 「勝利条件はお互いの首。これが最後の戦いだ!」  歩が楽しそうに吠えた。  半年前、突然、歩が家に帰ってこなくなった。どうせ拗ねてるのだろうと、思っていた。  国際大会にでたい、外国に行きたいという歩を母さんが中学卒業するまではダメだと突っぱねていたから。  確かに歩はチェスが強い。でも、強さにこだわるあまり、嫌なやつになっている。母さんはそれを心配したのだろう。  今だってそうだ。  お互いの首を、どちらかの死を、双子の片割れの命を狙っているのに歩は楽しそうだ。このゲームを楽しんでいる。 「ルーク、右へ!」 「そのポーンをとれ」  リアルチェスのような、不思議なゲーム。  歩が帰ってこなくなって三日後。現れた黒マントの男が俺にこの白いチェス駒を託した。  白のキングになってくれと、力を手に入れ暴走する黒のキングを止めてくれと。  ああ、そうだ。本当はあの段階で歩の関与を疑っていた。こんな楽しそうなゲーム、しかもチェスなのだから。  お互いに陣地を取り合い、そのポイントによって駒が進化する。歩は駒を進化させるために、かなりの無茶をしていた。一般市民を巻き添えにすることも。完全に、悪役の行動だ。  それを止めながら、ちょくちょく対戦もしつつ、たまに互いの駒もとり、お互いの駒を成長させ、ここまでやってきたのだ。  成長した駒は、ほぼ人間のような存在になっている。見た目も、知能も。  俺のナイトの剣を歩のビショップが受け止める。あちらの方ではポーン同士の小競り合いだ。 「なあ、諦めろよ、進! お前は俺には勝てない! 勝てたことはないだろ? 子供の時からそうだ! なんだったらキレて、盤をひっくり返してたよな!」 「よく覚えてんな」  苦笑する。  勝負にこだわる心は全部、母親のお腹において先に出てきたのかもしれない。 「ごめん、進」  声に慌ててそちらを見ると、ポーンがひとつ、倒された。とられた駒は、元の駒に戻ってしまう。人の形から。 「よくやってるよ、進のくせにさ」  勝ち負けに興味はなかった。譲って済むならそれでいいと思ってた。でも、今回はそういうわけにはいかない。  負けるわけにはいかない。そして、勝つわけにもいかない。歩はきちんと、連れて帰らないと。 「進」  ナイトがこちらに合図する。 「頼む」  そして、ごめん。  今日の作戦を予め、仲間たちに伝えてあった。  その段階では歩だってわかってはなかったけど、相手が誰であれ人間を倒す訳にはいかない。 「ごめんな。お前らの、本来の役割以外のことをさせて」 「気にしなくていい、我々は元々、あちらの駒とセットなのだから。かつて倒された邪神の、残った人間の心が我々、それ以外があちら側。元を正せばひとつの存在」  それは黒マントも言っていた。邪神とやらが完全に復活する前に倒されたから、蘇った 力にも白い駒という希望が残っていたのださと。  希望は絶望と一緒に、箱の中にしまうんだ。 「どうした! さっきから攻撃を外れてるぞ! 疲れたか?」  歩が笑う。 「外れてるんじゃない、外してるんだ」  普段の世界とは一歩ズレたところにあるバトルフィールド上にひとつの大きな、穴を開けるために。 「これで終わりだ!」  最後のトドメに、俺が自分の剣を突き立てる。 「うぉぉぉぉぉ!!!」  穴が、開く。  地獄への、落とし穴。  パワーアップする過程でルークが得た能力だ。本来は敵を落とす。  それを今回は、全てに適用する。  逃げられないほどの大きな穴に、黒のルークが飲まれていく。 「じゃあな、進」  俺のナイトが驚く歩のナイトとビショップの腕を掴んで穴に飛び込む。 「バイバイ、王様」 「ありがとう、キング」  ルークも、クイーンも。  敵を道連れにして飛び込む。  絶望と希望は同じ箱にしまうのだ。もしもまた箱が空いても、希望とセットなら大丈夫。それが俺たちが出した結論だ。 「なっ」  俺は慌ててる歩の腕をとり、穴から距離をとる。 「ありがとう、みんな」  さよなら、半年一緒に戦ってきた仲間たち。途中で取られた仲間もそうだ。  つらいこともあったし、喧嘩もした。でもみんな、大切な仲間なのだ。同じ駒たちの見分けも最初はつかなかったけど、今はっきりわかる。  可愛いポーンたち、ツンデレなクイーン、しっかり者のビショップたち、二人で揉めていたルーク、親身になってくれたナイトたち。  本当に、ありがとう。 「な、なんで……」  全ての駒を飲み込み、閉じていく穴を見ながら歩が呆然と呟く。 「忘れたのか? 俺が得意なのは決着がつく前に盤をひっくり返すことだよ」  決着はどちらかの死を意味する。それなら、決着をつけさせなければいい。 「はっ、……はははは」  歩が俯いて笑い、 「そうだよな、進は、いつもそうだ」  顔を上げた時には泣いていた。 「本当は、気づいてたんだ。進が盤をひっくり返すのは、俺が負けそうな時だって。俺が負けると駄々をこねるから、それが面倒くさくて試合をなかった事にしてたんだって」  なんだ、バレてたか。 「本当に強いのは、進だよ……」 「それは違う。確かに、子供の時の俺は面倒くさくてズルしてたし、俺の方がチェス強かったかもしれない。だけど、俺は歩みたいに努力する気はなかった。遊びでよかった。試合に出たいなんて思わなかった。ちゃんと試合をこなして、チャンピオンになるぐらい努力した歩の方が強いよ」  俺は日和見主義の普通の人間なんだから。  歩がポロポロと涙をこぼす。 「……進、ありがとう」 「うん?」 「俺、正義のつもりでブラック・キングになって、でもいつの間にか力に飲まれて悪者の側になって困惑してて、でも止められなくて。楽しかったのも本当で。困ってたんだ。だから」  ぐしゃぐしゃっと歩の頭を撫でる。 「まあ、お兄ちゃんだからな」 「双子なのに兄貴ヅラすんなよ」  いつものやりとりに、二人少し笑う。 「帰ろう、歩。母さんも父さんも心配してる」 「うん、……怒られるかな」 「そりゃあね」 「そうだよね、謝らないと。……母さんのオムライス食べたいな」 「言えば喜んで作ってくれるよ」  帰ろう。我が家に。幼い子供のように手を繋いで。 「なあ、なんでチェスやり始めたか覚えてるか」 「なんだ突然。……悔しいけど、覚えてるよ」 「ふーん、じゃあ、せーので言おう」 「せーの」 「色違いの駒が俺たちと同じ双子だったからだ」
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