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08.幸運
「笑っていなさい、咲太郎。あなたが幸せだと信じていれば、きっと幸せになれるから」
そんな死んだ母さんの教えを今日までずっと守ってきた。
父さんは生まれた時からいないけど、母さんがいるからOK。
その母さんも死んじゃったけど、じいちゃんの遺してくれた家があるかOK。
その家も親戚が住み出したけど、追い出されずに離れには住めてるからOK。
絶望じゃない。
どん底じゃない。
残った幸せをすくいあげれば、大きなものに見えてくる。
だから俺は幸福な人間で、笑っていられる。
そうやって十五まで生きてきた。
でも、さすがにさ、これは、笑えないよ。
火を吐く謎の大きな化け物。町のあちらこちらが燃えてる。ムカつく同級生の家も、商店街も。悲鳴が止まらない。
親戚どもはすぐに逃げていった。飼ってる犬を残して。
犬を連れて逃げたいのに、手が震えて上手く犬小屋に止めてあるリードを外せない。
犬が吠える。
「リッキー、ちょっと黙って」
なんなんだよ、これ。
突然あんなものが現れて。
地面が揺れる。あいつが歩いたから。
「外れた、行くぞ」
リードを握って走り出す。
逃げる? でも、どこに。
あんなに大きかったら、どこにいても見えるのに。
お巡りさんが拳銃を撃つけど、でかいそいつには全然効いてない。化け物が振るった腕が、お巡りさんを突き飛ばした。
悲鳴を飲み込む
とりあえず、化け物から離れよう。
突然、リッキーが早く走り出した。
「ちょっ、リッキー!」
引きずられるようにして進むと、
「あ……」
親戚のおっさんが、瓦礫に足を挟まれて、子供と奥さんがどうにかしようとしてた。
リッキーが近づくと、子供が嬉しそうな顔をする。
「咲太郎!」
おっさんは安心したような顔をして、
「リッキー連れてきてくれたんだな、ありがとう! ついでにちょっと助けてくれないか? 地面が揺れたらこの塀が崩れてきて」
助けろ? どの口が言うんだか。
親戚って言っても今日まで全然覚えられないぐらい遠い関係なのに? 家を乗っ取ったのに? 母さんの位牌も捨てようとしたのに?
都合が、いいこと、いいやがって。
「くそっ」
舌打ちすると、おっさんの足の上にある瓦礫に手を伸ばす。どかす。
ムカつく、腹が立つ。こんなやつを見捨てられない自分に腹が立つ。ここで見捨てたら俺は自分が嫌いになって、この先笑えなくなる。それが、嫌だから助けるしかない。
ふざけんな。
なんとか瓦礫を退かし終わる。
「くっそ、いてー」
おっさんが足をさする。動かせないほどじゃないけど、無事でもないようだった。
仕方ない、
「俺が肩を」
貸しますよ、とは言えなかった。
リッキーが吠えて、子供が叫ぶ。
化け物が伸ばした鞭みたいな手が、こちらに飛んでくる。
ちょうど、おっさんの方に。
咄嗟におっさんを引っ張って避けさせようとしたら、
「えっ……」
逆におっさんに突き飛ばされた。
おっさんたちはそのまま走っていく。
動けんじゃねーかよ。
リッキーだけが、ちらちらとこちらを振り返る。犬が一番まともかよ。
鞭のど真ん中に、突き飛ばされる。
さすがにこれは、笑えないよ。母さん。
助けて結局、俺は死ぬんだな。
「突然だが、ひとつ提案がある」
死を覚悟した俺の耳に入ったのは、そんな言葉だった。
「誰? ……ってか何?!」
怪しげな黒いマントの男が、俺を抱えて宙を飛んでいた。
「あの化け物を倒すために力を貸してくれないか」
「倒す?」
ってか、質問に答えろよ。
「私だけでは、アレを倒せなくてな」
「……俺が協力したら倒せるのか?」
「ああ、理論上は」
なんだそれ。言い切れよ。
「わかった」
「安請け合いし過ぎじゃないか?」
「待ってても死ぬだけだろ」
「それもそうか、君に目をつけてよかった」
黒マントはそういうと、俺の手に金色の腕輪をつける。
「念じろ、勝つために。そして、叫べ」
言われたとおりに、腕輪を掲げて叫ぶ。
「クンファンディーゴ!」
腕輪から光が溢れ、気づいたら、
「うわっ、高っ!」
なんか視界が高い。家が足元にある。
「助かった、ありがとう」
黒マントの声がする。外からというよりも、内から。
「右を見てみろ」
黒マントが言うから視線を移すと、大きめのビル。そこの窓に映った、紫色の、ちょっとテカテカしたものに全身、顔まで覆われた巨大なもの。
「君だよ。正確には、君と私だ」
「……なるほど、なんかこう、合体して巨大化的な」
「ものわかりがいいね」
「俺でもヒーローものみたことあるからな」
紫どぎつくね? とは思うが。
「これであの化け物を倒せばいいんだな」
「ああ」
なら、やってやるさ。
黒マントのレクチャーの声を受けながら化け物にむかっていく。
母さん、ワケわかんないことになってるけど、やっぱり俺、ツイてるかもしれない。
死んでないし、戦う力を得たし。
どん底じゃないから、OKだ。
大丈夫、笑って幸せになるから。
「プルプーラ光線!」
俺たちの両腕から放たれたビームが、化け物を撃ち抜いた。
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