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「猫?」
彼女は首を捻る。猫は、少女の足元に擦り寄った後、てけてけ歩き出したかと思うと、僕の後ろにあったアタッシュケースをずるずると引っ張ってきた。
「あっバカっ!!」
「あっそれ!!」
僕と少女の声が重なる。続いて、目線が合う。
僕はおずおずと尋ねる。
「──────あの、もしかして、これ……」
少女は不機嫌な顔をした後、渋々といった感じで首肯した。
「ええ、そうよ。わたしの。だから貰ってくわ。それより、さっきの『バカ』ってどういう事……?」
赤い唇が悪戯っぽく微笑む。問いかけているように聞こえるが、全てを見透かしているようだ。顔が熱くなるのを感じた。
「いや、持ち主が見つかって良かったです」
「うん。わたしも良かった」
少女は重いアタッシュケースをひょいと片手で持ち上げると、くるりと来た道に向き直る。
「じゃあね。わたしと会った事は秘密」
そういうと、夜風に乗ってふわりと闇に消えて行った。猫が慌てて彼女の後を追っていく。
「ま、待って!その中身、箱の中身は……!」
失礼な質問であった。大人が少女に対して必死な顔をしてこんなことを聞いているのは、自分で考えてみても滑稽でもあった。しかし、聞かずには居られなかった。
「──────いいものよ。とってもいいもの」
遠くから微かに声が返ってくる。続いて猫のにゃーんという声。それっきり、返事はなかった。
取り残された僕は、彼らを追うこともせず、ただその場に座り込んでいた。
少女の髪の甘い残り香だけが、彼女の存在が夢ではなかったと示す証拠であった。
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