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「ニャア」
え?
「お前、ついに気がふれちまったか…」
「いや、僕じゃなくて」
辺りを見回す僕。すると、夜闇の中から、1つの白い塊が姿を表した。
「ニャア」
ピンと立った尻尾に、毛並みのいいつやつやした白。凛とした瞳を持ったその猫は、街灯の下に来るとくるりと優雅にターンしてみせた。
そのしなやかさといったら。地べたに座り込んでいる僕らよりよっぽど品がある。
「なんだ、こいつ。お前の知り合いか」
「さぁ」
肩をすくめる僕。そのままじっと見つめていると、彼女はニャアと目を細めてみせた。なるほど、可愛い。あざと可愛いってやつか。ふと隣を見ると、おじさんがとろけそうな顔をしていた。……僕もこんなマヌケな顔をしているのだろうか?慌てて頬をパンパン叩き、表情を正す。
「悪いなぁ。わしゃあいにく食いもんは持ち合わせてないんだ」
おじさんが顎を撫でてやると、猫はゴロゴロと喉を鳴らす。しかし、突然ぷいっと顔を背けると、僕の方へ歩き出す。
「え?え?」
モテ期到来か?
彼女は僕の目の前に来ると、僕の手元──────例のアタッシュケースに頬擦りを始めた。しかも、爪で引っ掻いたりしてみせたりする。ひとしきりカリカリやったあと、僕を見上げて、「ニャア」。
「遊んでるのか」
「ニャア」
ゆるゆる首を振る猫。
「爪とぎか」
「ニャア」
「欲しいのか」
「ニャア」
「──────開けろってか?」
「イエス」
「ほぅ……ってエッ!?」
目を剥き仰け反る僕に代わって、落ち着いた様子のおじさんが吐き捨てるように言う。
「開けられるならわしらもこんな苦労しとらん!」
「ニャア」
「おっ…。そうか、お前猫だったな。匂いで中身、当ててみろよ」
なんて動物使いの荒い人なんだ。動物愛護団体に訴えるぞ!しかし猫は素直にとてとてアタッシュケースに近づくと、鼻をひくひく。息を呑んで見守る人間一同。猫が顔を上げる。
「ニャア」
おじさんと僕は顔を見合わせた。
「今、なんて?」
「さぁ」
無茶言うな。日本語もまともに喋れない僕が猫語なんて分かるもんか。
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