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episode 1
理人と暮らし始めて、約1年。
最初は戸惑いもあった同棲生活だが、今ではもうすっかり慣れて毎日一緒にいることが当たり前になっている。
同棲してから、理人は毎日龍也のバイトの送り迎えをしてくれるようになった。
さすがに毎日は申し訳ないと何度か話し合ったが、理人は意外と頑固で折れてくれなかった。
今日も仕事から帰宅すると家の前で待ち合わせ、そのまま車で送り届けてくれる。
「じゃあ、行ってきます」
シートベルトを外して理人に向き合うと触れるだけの軽いキスをする。
「行ってらっしゃい。終わったら迎えに来るから、連絡してね」
理人の車が見えなくなるまでその場で見送ると、龍也は店に向かった。
PM 23:50
もう少しで日付が変わるころ。
いつもならまばらになってくる店内が、今日はなぜかこの時間になっても客が減らない。
見渡すとどの顔も良く知った常連ばかり。
今日は平日でみんな明日も仕事があるはずなのに、と不思議に思いながら接客を続けていた。
ふと、店の電気が落ち、あたりが暗闇に包まれた。
(え、なに?停電?)
あたりを見回すが何も見えない。
「あら?ブレーカーでも落ちちゃったのかしら?ちょっと見てくるわね」
スマホの明かりを頼りに、そう言ってママが控室のほうに向かていく。
突然、真っ暗なままの店内にポップなBGMが流れ始めた。
ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー
歌とともにママがロウソクの灯るケーキを手にして戻ってくる。
(???)
今日はバースデーイベントは入っていなかったはず、と思っているといつの間にかお客さんも歌を歌い始めていた。
大合唱が終わり意味が分からず固まっていると、龍也に向けてクラッカーが鳴らされる。
「「リュウ君、お誕生日おめでとう!」」
突然の事にきょとんとしていると、ママにケーキを差し出された。
「さ、ロウソクを吹き消して!一息で消すのよ!」
ママに促されてケーキを見つめるとそこには【リュウ君お誕生日おめでとう】と書かれたプレートがあった。
(俺の誕生日・・・そっか)
自分の事に無頓着な龍也は、今日が自分の20歳の誕生日である事をすっかり忘れていた。
「ありがとうございます!」
そう言ってロウソクを吹き消すと、また暗闇に戻った店内から拍手が起こる。
再び店内が明かりを取り戻すと、そこには理人の姿があった。
「理人さん!」
なぜここに。
驚いていると理人が近づいてきて、花束を渡してくれる。
「龍也。誕生日おめでとう」
色とりどりの花がきれいにラッピングされているそれは、とてもきれいでいい香りがした。
「嬉しい・・・ありがとう!」
そう言って思わず抱きつくと、常連たちから囃し声と拍手が起こる。
「あらあら。さ、みんなでケーキ食べましょう」
くすくす笑いながらママが言うと切り分けたケーキを配り始めた。
こんな風にたくさんの人に誕生日を祝ってもらうのは初めてで、嬉しくて涙ぐんでしまう。
それに気づいた理人が声を掛ける。
「どうしたの?」
嬉しすぎて泣きそうになっているのが少し恥ずかしい。
「俺、こんな風にお祝いしてもらえるの初めてで・・・嬉しくて・・・」
ぽろっとこぼれた雫は理人の指で優しく拭われる。
「龍也はみんなに愛されてるからね」
そう言われて涙が止まらなくなった。
施設にいた自分。親にすら愛されず捨てられて、誰からも愛してもらえないと思っていた。
でも今は愛する人と、ママやお客さんが自分が産まれたことを祝ってくれている。
こんなに幸せになれるなんて。
全部、理人のおかげだ。
何度伝えても伝えきれない。
「理人さん、本当にありがとう!!」
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