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怜の言葉は語尾が消え入りそうだった。
「え? かんとく?」
流石に明も驚きの色が隠せなかった。
「まあ、監督っていっても、うちの部だから形だけっていえば形だけなんだけど。
俺たちの時から今も爺ちゃん先生が置物的に居るんだけど、身体弱ってこれから夏の外が耐えられないらしくて。『職員兼務でもなれるから、どうだ』って」
想像も及ばなかった話の展開に、明は相槌を打つのも忘れて聞いていた。
「今うち弱くて運動クラブ的に戻ってるから、そんな責任ないし勝ち負け気にせず名前だけで良いからって」
「そうなんだ」
怜の話に驚きはしたけれど、明にはもっと不思議なことがあった。
どうして怜の顔は沈んだままなのか。
「俺は、スゴい良い話だと思うんだけど、レイは嬉しくないのか?」
「……自信が、ない」
怜は少し笑って、髪を掻き上げた。
明は野球に関して自信が無いという言葉を、怜から初めて聞いた気がした。
「そんな事……野球に関わる仕事できるって、それこそお前にぴったりの仕事じゃねーか。自信ないって、お前野球愛溢れてて知識もすごいだろ」
「あの世界から離れて長いし、人付き合いも苦手だし、高校生指導するなんて、出来るのかな」
「自分がやるんだったらな……」
「え、なんか言った?」
「いや、なんでもない」
怜は独り言を立ち消えにしたまま、口を噤んでいる。
「絶対やりたくないって気持ちじゃなくて、迷ってるんなら……やった方が良い。と俺は思う」
暫く続いた沈黙を明が裂いた。
「迷ってるなら、やった方が良い。後で後悔するより。今の仕事やりつつなんだろ?」
「あぁ、勿論。今の仕事はずっと変わらずする。大会とかの時は融通きかせてもらうけど」
「だったら、もし出来ないって思ってダメでもいいじゃねーか。元に戻るだけだし。な?」
テーブルに置かれた怜の手を、明は握りしめた。
「……うん、そうだな」
力弱いながらも怜も明の手を握り返して来、明は少しホッとした。
「迷ってて、今日おっさんにも考えさせてくれって返事しないで帰ってきたんだ。アキラが今日居てくれて、良かった。
仕事の話、真面目にしたのも聞いたのも滅多にないし……でも、今日は話したり聞いたりしたくなったんだ。もし、アキラがいなかったら、僕……」
「レイ、」
二人を隔てるテーブルがこの上なく疎ましい。
少し瞳の奥が不安で揺らいでいる怜を、直ぐ様抱きしめたい衝動に駆られた。
(忙しさにかまけて、ずっとそばに居れなくて、ごめん)
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