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まだ二十二歳の、男女の関係に疎い瑠衣には。欲望を必死で我慢し続けて来た、もうすぐ三十歳になる男の爆発寸前の欲望など、まったく理解できなかった。
「嫌だね」
遂に、ダイジュが切れた。
「返事をくれないのなら、君とはもう終わりだ」
「それでイイんだな、瑠衣」
激しく言い募った。
目を伏せた・・困り顔のアタシ。
ダイジュはそんなアタシを睨み付けると、プイッと背を向けた。
「もういいよ」
辛そうに呟いたダイジュ。
「これはもう、いらないな」
そう言って。
ダイアモンドの指輪が入った箱の蓋を、パチンと音を立てて閉じた。
それから思いっきりクローバー畑に向かって、箱ごと投げ捨てた。箱が空高く飛んで行き、クローバーの丈の高い葉っぱの中に落ちて消えるのをアタシは茫然と見ていた。
最後にもう一度、ダイジュが引きつった顔でアタシを睨み付けると。そのままクルッと背を向け、二度と振り返ることなく歩き去っていった。
その時のダイジュの後ろ姿が、脳裏にふいに浮かんで・・また涙がにじむ。
それが二人の別れになるなんて、その時のアタシは思ってもみなかったのに。
また暫くしたら、怒りが薄れたダイジュが現れて、「仕方ない奴だなぁ、もう少しだけだぞ」って。髪をくしゃくしゃに撫でながら許してくれると・・何となくそう思っていた愚かなワタシ。
そう都合よくは、運命の女神も微笑んでくれなかった。その二か月後に、ダイジュから突然に結婚式の招待状が届いたのだ。
「後悔先に立たずとは、本当によく言ったのもよね」
瑠衣の口許に皮肉な笑みが浮かぶ。
人生に、「戻れるものなら時間を飛び越してでも戻りたい瞬間があるとしたら、ソレはきっとあの時だ」と、そう思った。
哀しみの影が瞳に揺れる。
その時だった。
瑠衣の物思いが、優しく鳴り出した腕時計のアラームに破られた。娘をファラ教授の家まで迎えに行く時間である。
過去を振り払うと、今と言う時を生きるために歩き出した。
大きな歩調で歩いて行く。
「過去は捨てると決めてもう七年よ、いつまでもウジウジしないのよ」、厳しく自分を叱咤激励。もうすぐ、彼女も四十路だ。
大人の女にメソメソは似合わない。
「頑張るぞ!」
気合を入れ直した。
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