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困り果てた大樹に、「愛実琉には気分転換が必要だ。軽井沢の別荘での転地療養を進めてみてはどうか」と、大樹の友人の上月医師が進言した。
大樹は実業家としては凄まじく遣り手な男だが、オンナに対しては対処が甘い。妻が元気になるならと、その案を受け入れたのである。
上月医師と愛実琉が特別な関係を結んだのは、どうやらこの頃だったようだ。夫に隠れた情事が、愛実琉を見事によみがえらせた。
そのうえ上月医師の進言を受けた愛実琉が、「予定日よりも早めの帝王切開を選ぶ」と宣言したのも、この頃だったようだ。
「あの頃はねぇ、あたしも結婚したばかりでね。そのアタシに愛実琉は言ったのよ」
華が呆れた口調で呟いた。
「女の大事なところをさぁ、赤ん坊の出口に使うなんて馬鹿げていると思わない?」、そう言ったのだそうだ。
まだ少年の僕にはちんぷんかんぷんな話だが、華の口調では信じられないような愚かな話なのだろう。だが愛実琉は周囲の思惑を完全無視、自分の意志を貫き通した。
今の医術は大したものである。それほど目立たない傷を愛実琉のお腹に残しただけで、双子はこの世に無事に誕生した。
「アタシには、まったく信じられないような発想だわ」
我儘ものの華が驚き呆れるくらいだ。大樹の驚愕は、ハンパじゃ無かったようだ。
「その辺りから大樹の夫婦関係はギクシャクしだした」と、華は語る。初乳を与える以外は授乳を拒否する妻。育児にも無関心で、大樹が雇った看護士さんと家政婦まかせの育児が続いた。
そんなある日。
突然に愛実琉が、上月医師と駆け落ちをしたのである。大樹にとっては、まさに青天の霹靂。それから一度も黒田家には帰ってこなかった。
そんな愛実琉だが、しっかりと慰謝料は請求したらしい。世間の風聞を怖れた彦助爺さんがそれ相当の金額を積み、何とか離婚は無事に成立。
親権は当然ながら、大樹が取った。
それ以来、双子は靜恵お祖母さまと家政婦のユキさんに育てられたのである。
「お祖母さまは理想の女性だ」、双子の兄弟がそう思って育ったのも無理からぬことだろう。
そんな二人がファラ教授の特別レッスンを受けていた幼稚園児に出逢った時、彼等の頭の中で煌めく運命のルーレットが廻った。
明るい日差しの中で、ファラ教授の与えた課題に取り組むその姿が何とも微笑ましい。ファラ教授がお茶を淹れるために席をはずした隙に、二人は少女に素早く接近したのである。
目の前にいる彼らに気づいて、少女は可愛いく微笑んだ。
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