【ミッション03;ミッションだったのか】

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【ミッション03;ミッションだったのか】

 そして水曜日。  駅まで迎えに来てくれた一弥と共に高木家にお邪魔する。引っ越ししたての頃は頻繁にお邪魔していたが、あれから数年経った現在もさほど変化のない家だった。ご両親が多忙で不在がちだからか、生活感があまりない。 「今日もご両親遅いの?」 「多分。でも純ちゃんが泊まるのは言ってあるから大丈夫だよ」 「ご挨拶出来る時間に帰ってくるかなあ?」  一応母から手土産も託されているのだが。 「帰ってくるとは思えないけど。挨拶なくても怒ったりしないから平気だよ」 「そっかぁ」  荷物を置いて街に出て、スーパーで買い物をする。食べたい物を訊かれたけど咄嗟には出てこなかったので、無難にカレーって答えた。一弥が『腕の振るい甲斐がないなあ』ってぼやくので、『じゃあおまえの得意料理が食べたいな~』と言ってみたら気を良くして、材料をぽんぽんとカゴに放り込みはじめた。俺はその後ろをちょこちょこついて回って、スナックやデザートを選んだ。 「結局なに作るんだ?」 「夏だけど暑苦しく豚バラ煮るよ~。後は適当に野菜切ったりかな」 「ほぉぉ。卵も一緒に煮て!」 「もちろん」 「煮物とかすごいじゃんか!」 「いやぁ……。圧力鍋で煮るだけだから、そんな褒められたらぁ」  がっつり肉の塊が食えると知って目を輝かせた俺に、一弥は照れ笑いを浮かべている。  家に帰って。一弥が台所にいる間に俺はリビングで勉強。たまに一弥を呼んで教えて貰ったりしながら塾の課題を進めて行った。一弥はさすが頭が良い。要点を押さえた教え方で臨機応変に対応してくれるから、俺にも分かり易かった。  晩ご飯は濃い味付けのボリュームたっぷりの肉に大満足だったし、味の染みた卵も付け合わせのひじきの煮物とかさらし玉葱の入ったレタスのサラダとかがすごい美味かった。  俺と同じ年なのにこんなに料理が出来るとか、一弥すごすぎる。 「おまえすげぇ。うっめえよこれほんとすっげえ」 「ありがとありがと」  得意げな照れ顔がかわいい。  美味い飯をご馳走になった御礼に後片付けを買って出たんだけど、面倒見の良い一弥はひとりだけ座っておくなんて出来なくて結局二人で流しに立った。  ――なんか……すっごい新婚感……。  真新しさの残るキッチンの雰囲気も手伝って、そんな連想に浸る俺。  D組に居ることを一弥に知られていたのは恥ずかしかったし罰ゲームで恋人ごっことか何だよそれ、って思ったけど、結局楽しい目にばかり遭っている。  罰ゲームそのものは明日で終わってしまうけれど、なにも俺と一弥の友情が断ち切られる訳じゃない。  ――だから一弥に対する俺の想いを伏せてさえいれば、このままの関係が続いていくのだと信じていた――  片付けの後は一弥の部屋に行ってゲームをした。俺はゲーム機は小学生の頃に持ってた携帯ゲーム機止まりだが、一弥はテレビと繋ぐ据え置き機の最新型を持っていた。 「一弥そこまでゲーム好きだったっけ?」 「これでしか出てない格ゲーやりたくてさ~。オンライン対戦おもろいよ」  どうやら俺ともその格ゲーをやりたいという事らしく。初心者だからころっと負けつつも少しずつ技も決まるようになり、二人で笑いながら楽しんだ。  そうしているうちに、はしゃぎ疲れた俺は寝落ちしたらしい。  目を開けた瞬間――俺は自分が寝ていた事を知った。  床に腰掛けていたはずなのに、一弥のベッドに寝かされていることも知った。  天井はあまり見えなかった――何故なら俺と天井との間に、一弥が割り込んでいたからだ。まるで俺に覆い被さるように近づいた一弥が、俺に向けて携帯をかざしていたからだ。 「あ」  俺が声をあげたのと一弥が声をあげたのがほぼ同時で。そしてその時に初めて、俺の服の裾がまくり上げられていることに気付いた。  両胸が露出している。  それを悟った瞬間、俺は跳ね起きた。 「一弥ァ!」  身を引く一弥から携帯を奪取しながら床へ飛び降り、背後にドアを確保する。俺の荷物はどこだ――あそこか。 「おまえコレも『ミッション』だったのかよ⁉ 今度は俺の寝顔や裸でも撮ってこいって⁉」 「純ちゃん違う――!」 「じゃなんでカメラ向けてんだよ、なんで俺の服……!」  裾の降りきっていなかったTシャツをばさっと払う。下を向いたその拍子に、ぽろっと涙がこぼれた。 「楽しかったのに……! 楽しかったのに結局罰ゲームだったのかよ……‼」  そもそも罰ゲームなのは分かってる。だからミッションがあるなら言えばいい。素直に言ってくれれば俺だって心構えが出来る。なのにこんなだまし討ちなやり方は卑怯だ。 「純ちゃん違うよ! 誤解だ!」  俺は一弥に奴の携帯を突きつけた。 「とにかく消せよ! 今撮った写真全部消せ!」  一弥は携帯を受け取ると、 「ねえ、見てて! ちゃんと見ててね⁉」  俺を引き寄せて背中から覆い被さるように抱き込むと、ベッドに腰掛けた。 「ちょ、なんでこんな体勢……!」  もがくのに体格差や腕力のせいで逃れられない。 「画面見て欲しいから! あと、勝手に帰っちゃいそうだから!」  一弥は携帯のカメラロールを開いた。ぱっと写ったのは俺の寝顔だ。 「やっぱ撮ってんじゃん!」  呆れてぼやくのにも取り合わず、一弥は写真をスクロールさせた。  俺の寝顔写真が角度と距離を変えて更に二枚。 「こんだけしか撮ってない」  写真をサムネイル表示に切り替える一弥。確かに寝顔写真が一番最新で、その前は料理の写真が何枚か、そしてフードコートのデートで撮った食事や映画の半券の写真が並んでいた。 「単に撮る前だっただけだろ」  俺がそう言うと、一弥はメッセージアプリを開いた。俺とも遣り取りしてる、連絡取るならコレ的なアプリだ。  カラフルなアイコンが、連絡を最近取った順に上から並んでいる。 「なんだよ! そんなもん別に見たかねーよ!」 「いいから見てて。遣り取りしてる相手そんなにいないから、すぐだから」  一番上に俺のアイコンがあって、その下は『母』『父』、その先は『加藤』『鈴木』といった友人らしき名前が続いていた。が、アイコンの横の日付が四番目の友人以降は七月半ばになっている。夏休み前だ。  最近連絡を取っている友人でも、三日前とか四日前。六日前。  その三人のメッセージを一弥は順繰り開いていった。  多分その三人の誰かが――……、  ……――ない。ミッションの遣り取りがない。  そう。その誰にも、一弥は罰ゲームのミッションの報告をしていないのだった。
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