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【ミッション01;ウソのデート】
その場で連絡先を交換させられて、おおまかなスケジュールも言わされた。
そしたら一弥は次の日から『罰ゲームミッション』と称して会いに来るようになった。
曰く、『塾から帰るのをエスコートせよ』とか『夕飯をご馳走してこい』とか。平日は俺の塾上がりにこなせるようなミッションを与えられるらしい。
あんだけ自分から避けてたくせに馬鹿みたいだけど、俺は一弥が会いに来てくれるのが楽しかった。
塾の外で待っていて、俺を見るなり嬉しそうに『純ちゃん』って呼ぶところとか小学生の頃そのままだ。まるで、いつも二人一緒で何もかもが楽しかったあの頃に戻ったみたいだ。
精彩を欠いていた毎日が、一弥に会う度に鮮やかな色彩を取り戻していくかのようだった。
そうやって一週間と少しがすぎた金曜日の夕方。
俺を迎えに来た一弥は機嫌良さげに微笑みながら、
「明日は遊園地に行こう」
と言ったのだ。
「え?」
「明日のミッション。『遊園地でデートせよ。絶叫マシーンに乗れ』なんだよ」
これには大分驚いた。
「遊園地って……俺そんな金ないよ……」
入園料ももちろんだが、交通費や食費も足すと到底足りない。お年玉貯金があるにせよ、そこに手を付けるのは抵抗がある。俺はATMの場所をおぼろげに意識しながら、一弥を見つめた。
「もちろん全部俺が出すよ」
何でもないことのように一弥は言うが。
「そういう事じゃないだろ? そこまで高額の出費を強いるなら、これは『いじめ』の域に当たるんじゃないか?」
もちろん罰ゲームは理不尽なものだろう。だが度が過ぎるように思う。
俺の指摘で顔つきを変えた一弥は『ちょっと連絡してみる』と言い置いて俺と距離を取った。
夏の宵闇に暮れる街を背にした一弥は、ただ携帯を眺めているだけでも絵になる。
なんて完成された横顔なんだろう。時折通りかかる車のライトが一弥の背や足を光と闇とに切り分けていくのがスタイリッシュで、全身イケメンの奴って何時いかなる時もきまるんだなあと感心してしまった。
そんな一弥を見るともなしに眺めながら、俺はカードレールにもたれて待つ。
ややあってから戻ってきた一弥は、
「純ちゃんお待たせ。『近場のショッピングモールでデートせよ』に変更になったよ」
と言った。
「はあ? そんなんで良いなら最初からそっちにしとけよなー」
「はは、ごめんごめん」
「一弥が謝るこっちゃねーだろ? おい大丈夫なのか一弥。おまえ特進Aでいじめられてんじゃねぇの?」
「いや、大丈夫。いじめとかじゃないから」
「ほんとかねぇ。おまえぼうっとしてるとこあるから気付いてないとかさぁ」
「大丈夫だってば。単に、金銭感覚の違う奴がいるだけで」
「……ふぅん? それはそれで大変そーだなー……」
まあ金銭感覚が違うと言えばうちと一弥の家もそうだが。うちは一弥一家が出て行った賃貸マンションに今も住んでいるが、一弥の家は駅近徒歩六分の戸建てだもん。庭も広かったし。ご両親共にバリバリのキャリアだからなあ、一弥の家は。
「あ、そうだ。おかんが晩ご飯食べてけってさ」
俺と一弥の交友復活を一番喜んだのは俺の母だった。
「わ、ありがとう助かる」
心底嬉しそうににこにこと笑う一弥。こいつすごい育ったし顔も格好良くなったのに、笑顔が昔と変わらないんだよなあ。俺にも変わらない態度で接してくれるから、俺も思わず昔の調子で偉そうにしちゃうけど、……実際は特進AとビリのDなんだよな。ああ、やっぱり来年は俺も特進Aに入りたいぞ。そしたら引け目なく一弥と付き合っていけるじゃん。勉強がんばろー!
「純ちゃんのおかーさんって料理上手だよね」
「あ……まあなー……」
そういえば一弥のお母さんは料理があんまり上手じゃない。
「おまえ晩ご飯とかいっつもどうしてんの?」
「ほとんど一人だよ。個食ってやつ? 父さんと母さんは残業続きなんでそれぞれ食べてくるし、俺は適当に食べに行ったり自分で作ったりしてる」
「え、自分で作んの?」
意外さに食いつくと、一弥はそっくりかえってみせる。
「そうだよ。俺は母さんと違って案外上手いっぽい。自分の食べたいもんを食べたい味付けで作れるから、料理って面白いよ!」
ほ、おお……。本人が楽しそうで何よりだ。
「そうだ純ちゃん、今度食べに来てよ。あ、なんなら泊まりでも良くない?」
「んー」
明日は一弥と出かけて日曜日はゆっくりしたいから引きこもって、月曜からはまた塾に通って――……うーん。そこに泊まりが挟まるとしんどいなぁ。
「勉強見てもいいし。塾の課題、一緒に片付けようよ」
「行く」
これには即答してしまった。特進Aの奴は普段どんな勉強法をしているのか興味があったのだ。それを垣間見る機会は逃せないだろ~?
翌日の『近場のショッピングモールでデート』は、うーん……なんだろな。
俺は女の子と付き合った事がないからデートも未経験で。多分一弥はあるんだろうけど、それにしても普通だった。普通に待ち合わせて映画見て、見終わったらフードコートで昼食を撮りながら映画の感想を言い合って――これって、普通に男友達でもやることだよな?
はて、単なる外出とデートの違いとは?
いや、でもまあ他の友達と遊ぶより一弥と遊ぶ方が断然面白いし楽しいのは確かなんだけど。幼馴染みってすっげえ居心地いいのな、って再確認した気分。お互いの行動パターン知ってるから戸惑いもためらいもなくて楽ちん。
あ、だけど離れてた時間分の変化はやっぱりあって――俺より背が高くなった一弥に吃驚しちゃう場面とかがあったなあ。その度に新鮮な驚きと何故か胸の高鳴りを覚える訳よ。きっとあれだ、幼馴染みが大人に近づいている姿にドキドキわくわくしてんだなこれ。
まあそんな感じで、俺的にはデート?って感じだったけど。
一弥はといえば、映画の半券二枚を写真に撮ったり二人分のフードコートのトレイを撮ったりしていたから、まあこれでもミッションはこなせているんだろう。
ミッションがらみなのか俺の写真も事あるごとに撮ってたのが恥ずかしいけど……クリアに必要だって言われたらしゃーないよな。恋人ごっこ、引き受けちゃっているんだし。
その後はゲーセンで格ゲーしたり、太鼓叩いたり、ダンスしたり――格ゲーと太鼓は一弥の勝ちだったけど、ダンスは俺のが圧倒的だったぞ。チビ故の俊敏さの勝利だな!――と、またしても普通に遊んだ。ともかく楽しかった。長い間見てなかった一弥の笑顔を浴びるほどに見られて、心が沸き立つような喜びを感じ続けていた。二人で一緒にいられて嬉しくて仕方がなかった。
遊び疲れてゲーセンを後にして、スタンドでシェイクを買ってショッピングモールの裏に出た。裏は湾になってて、波が夏の日差しを乱反射していた。きらきら輝くそれを眺めながらシェイクを飲んでいると、一弥が身を寄せてきた。
「ん?」
と振り向いた所に、冷たい感触――頬にひんやりとした何かが当たり、それと同時にシャッター音が響いた。
「え⁉」
見れば、一弥が携帯で自撮りをキメていた……俺の頬に当たったひんやりとした何かは、シェイクに冷やされた一弥の唇だったんだろう。
「えええええ⁉」
つまりは、キ・キス……! 頬とはいえ、キスされた……⁉
「わー。ごめんごめん! 『海を見ながらキス』ってミッションも実はあってさぁ。さすがに唇は無理だけど、ほっぺくらいなら勘弁して⁉」
俺の驚きが怒りに変わる前にと思ってか、平伏せんばかりの勢いで謝り倒してくる一弥。
「純ちゃんごめんね! もうしないから」
手を合わせて謝罪を繰り返す一弥は本当に申し訳なさそうだ。
俺はそんな姿と一弥の言った事に、何故か胸がずきっと痛むのを感じた。
「ば……罰ゲームだもんな……。仕方ない、よな」
胸の痛みを意識しながら、俺は物わかり良さげに頷いてみせる。
「純ちゃん」
一弥は多分、理解を得られた、許されたと思ったのだろう。ほっとしたように笑って見せた。
「罰ゲームだもんなぁ」
無意味にそれを繰り返しながら、俺も笑う。
――唇は無理なんだ……?
そりゃそうだよな。だってこれは『罰ゲーム』だから、……嫌な事じゃないと意味ないじゃん……。
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