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【ミッション02;仲直りミッション】
いやまあ俺だって唇にされたい訳じゃないけどさあ……!
結局なんか苛々しちゃって、俺はそれをうまく取り繕えなかったように思う。
苛々する……腹が立つ……怒ってる……?
怒ってるっていうか、傷ついてんのかな。……って、色々分析していって。
そして結果的にたどり着いたのは、逆にさあ?
『唇にキス出来る』
って言われてたらどうだったんだって事だ。
本当に唇にキスされていたら俺はきっと驚いたし怒ったろうけど、今みたいに傷付きはしなかったんだよなって。そして頬にされたとしても、その後で『唇にキス出来る』って言われてたら多分その場合も傷つかなかったんだと思う。
――なんで……?
唇にキス出来るかどうかなんて、要するに恋愛対象かどうかってことじゃん。
――俺は一弥に、恋愛対象に見られたかったのか?
――俺は一弥を、恋愛対象として見ているのか?
もちろん俺はこの疑問を、一弥に問い詰めたりはしなかった。これは秘めるべき感情だ。
というか、問えば困らせるだけなのは分かりきっていた。だから訊けるはずがない。
俺を罰ゲームの対象に選んだ事にも、それによってもたらされるミッションにもなんら疑問も悪意も持たないらしい一弥は、その後も無邪気な振る舞いを続けた。
俺がもてあましていたシェイクを『ちょっと頂戴』って飲んでしまったり。確かにそういう距離感ゼロの振る舞いは、幼馴染みの俺たちが頻繁に繰り返してきた普通の行動だ。
けれど逆に、なんら特別ではない、と示す態度でもあって。
つまりは訊くまでもなく、
――一弥は俺を、恋愛対象として見ていない。
ってこと。
その後一弥は、
「デートだから家まで送るよ」
と言って俺の家までくっついて来たが。
――俺にとってはデートになっちゃったが、おまえにとっては単なる外出だろ?
そんな嫌味が飛び出そうになるのを堪えていたので、俺はひときわ口数が少なくなっていた。
「ここまででいいぞ」
マンションの入り口で一弥にそう告げる。
ここで別れるのはいつも通りなのに、一弥はしょぼくれた様子で俺を見てきた。
「純ちゃんどうしたの? やっぱ怒ってる……?」
あ、やっぱ態度に出てたし気付いちゃうのかぁ。
わざわざ気にしてくれる一弥の優しさ近しさに思わず口を開きかけたが――いかんいかん。これは秘めるべき感情だっつってんだろ。
「――いや。こんなに長時間外出したの久々だからちょい疲れただけ。心配掛けてごめんな?」
俺は無理に笑みを作った。
「そっか。付き合ってくれてありがとうね! ゆっくり休んで! じゃ、また明日」
俺の言葉をすっかり信じ込んだらしい一弥は、明るく手を振って歩き出す。
元来た道を帰っていく背を見送って、俺はしばらくその場にたたずんでいた。
また明日、と言った通り、翌日も一弥は姿を見せた。
塾を出てすぐの歩道上に見慣れたイケメンを見つけて、俺はドキッと胸を高鳴らせる。それと同時にほっとした。
罰ゲームは一ヶ月続く。その間は一弥と会えるんだ。
「純ちゃ~ん。おつかれさまぁ~!」
一弥は手に紙袋を下げていた。
「何持ってんの?」
何気にデパートの袋である。
「あ、これ。シュークリーム買ってきた。純ちゃんここの好きでしょ」
二重袋になった中には、ドライアイスに取り巻かれて紙箱が入っている。陽気な模様の描かれた、馴染みのシュークリーム屋の箱だ。
「好き。え。なんで」
コンビニの買い食いでもシュークリームを選んでしまうほど、俺はシュークリームが好きである。カスタードと生クリームの二層なら尚良しだ。
「『貢ぎ物をせよ』ってミッションなのね。昨日純ちゃん疲れてるっぽかったから、好物食べて元気だしてなー、って思って」
正直またミッションかあとは思ったけれど、チョイスは一弥自身だ。俺の好物を覚えていて、昨日の遣り取りから気遣ってくれたのがとても嬉しかった。
「ありがと」
俺ははらぺこだと言って一弥を公園に誘った。自販機でミルクティを買って二人掛けのベンチに腰掛ける。
開いた箱の中には、どこも潰れていないきれいなシュークリームが収められていた。
「うわあ。ありがとな一弥」
歓声を上げてシュークリームをぱくつく。よく冷えていて気持ちが良いし、クリームは二層だ。
「カスタードも生クリームもうまぁ」
「好み変わってなくて良かったよ」
「あー、でも最近は俺、抹茶も好きよ。大人の渋みだね」
「へー、そうなの? 苦いし草っぽいって嫌ってたじゃん?」
「草っぽい……」
「言ったの純ちゃんだかんね? 草っぽくて臭いって言ってげたげた笑ってた」
「オヤジかよ……」
「覚えてないの?」
「うん。おまえ良く覚えてたな~?」
「そりゃあね――あ、クリームついているよ」
一弥は手を伸ばして来て、俺の頬に触れた。
「ありがと」
親指で拭われたので、俺はシュークリームの箱から紙ナプキンを取り上げる。だがそれを待つことなく、一弥は指先を口に運びクリームを舐め取ってしまっていた。
俺はそれを目撃してしまい――ナプキンを持ったまま固まった。
だって……だって指先を舐める一弥の仕草が、細めた目が、なんだかあまりにもエロいというか色気があるというか淫靡というか……!
再会してから、格好良く成長した癖に子どもの頃のやわい喋り方のままの一弥しか目撃していなかったからかなりの衝撃を受けた。年相応どころか飛び抜けてる。見ちゃ駄目な奴じゃんプライバシー過ぎるじゃん。
「紙で拭けよばかぁ」
赤くなった俺は照れ隠しにナプキンを一弥に押しつけた。
「あは。見てた? お行儀悪くてごめんね」
屈託ない様子の一弥からは、先程の淫靡さはすっかり消え失せていた。
俺の見間違いだったんだろうか。俺が――……一弥を好きだなあって思ってるからそんな風に見えちゃったんだろうか。
それからちょっと、俺と一弥はギクシャクした――っていうか、一弥はいつも通りなんだけど俺が意識しすぎてて駄目だった。挙動不審なの。ちょっと腕が当たるくらいでもびくっとしちゃうの。
並んで隣を歩くだけでもどきどきするし、塾のガラス扉越しに一弥を見つけるだけでふわぁぁっと嬉しくなってしまう。
それに一弥が俺に向ける笑顔も優しさも、多分嘘じゃないのがまた嬉しい。
――でも、今これだけ頻繁に会いに来てくれるのは罰ゲームだからだ。
罰ゲームが終わったら、俺は以前通りの静かな日常を取り戻す。特進Aを目指して勉強に明け暮れる日々。
二学期が始まったらきっと、一弥と廊下ですれ違うのを楽しみに生きるんだろう。話しかけられるかどうかは状況次第だと思うけど……目を逸らしていた一学期よりは楽しい日々になるに違いない。
そう信じて、毎日会える今の幸福を噛みしめてる。
罰ゲームが終わるまで、あと三日。
「水曜日にさ、泊まりに来ない?」
水曜日は塾がない日。そして、罰ゲームが終わる前日だった。
「いいよ」
最後にドカンと楽しい事があったら良い思い出になるな~、と気軽に頷いた。
――誘いを掛けたこの時、一弥はミッションだとは言わなかった。だから俺は油断していた。
「じゃあ水曜日の昼くらいにうちに来て~、一緒にスーパー行こ? 夕飯は純ちゃんのリクエストで作って~。そんで勉強したりゲームしたりしようよ。んで木曜日はうちから塾に行く~って感じでいい? なんならお弁当作ろっか? 塾で食べて?」
木曜日は罰ゲーム最終日だから、迎えに来た一弥とお疲れ様するついでに弁当箱返せばいいのかな?
「はーい。じゃ、そんな感じで頼むわ」
「はぁい。こちらこそよろしくね。うちにあるのはなんでも使って良いから、荷物は着替え程度で」
「おまえの服おっきいから借りられないもんなぁ」
部屋着=寝間着だが部屋着=外出着では勿論ないので荷物がかさばる。
「俺のぶっかぶっかのTシャツで過ごす? かわいいねぇきっと?」
「くっそむかつく」
俺たちの体格差を揶揄ってくる一弥の脇腹を肘でつつくが、一弥は楽しそうに笑っていた。
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