【ミッション0;罰ゲーム】

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【ミッション0;罰ゲーム】

 俺には幼馴染みがいた。  名前は高木一弥。家は隣同士。俺が五月、あいつが二月に生まれてから兄弟のように一緒に育ってきた。それが崩れたのは、小学校卒業したての春休みだ。一戸建てを買ったあいつの一家が引っ越しをしたからだった。  中学の学区がそのために別れた。  もちろん引っ越しそのものは六年生の春頃から知らされていたから、『離れても俺たちは親友だぞ!』なんて無邪気に言い合ってた。  引っ越した最初の頃は俺だって遊びに行ったしあいつもこっちに来た。けど……、あいつの新しい生活が整って広がっていくにつれて、さ。  はじめは……あいつの新しい街で遊んでいる時だった。あいつの新しい友達に声を掛けられて、だんだんそんな事が増えてきて。そこから、あいつの新生活は順調で友達も多くて関係も良好なのがうかがえた。  俺はそれを素直に喜べなかった。俺の一弥が遠くに行ってしまった感じがした。  それは今から思えば淋しさだったんだろうけど、あの当時は怒りとしてしか表現出来なくて。一弥が友達に声を掛けられる度に俺は不機嫌になったし、それを一弥にストレートにぶつけてしまっていた。  決定打は、待ち合わせをした一弥が友人達に囲まれているのを見た時だった。一弥は俺に気付かずに、奴らと談笑してた。楽しそうだった。駅の改札をくぐったばかりの俺はきびすを返して駅に逆戻り。家に逃げ帰った。  約束をボイコットしたものだから家には電話が鳴り響いてたらしいけど、俺は適当にぶらぶらして夕方に帰ったから知らない。日を改めても電話があったけど、俺は出なかった。  まあそんな訳で俺と一弥は疎遠になって、二年くらい会わない期間があったのです。  再会は高校入学で、だった。  図らずも同じ高校に進学していたんだ。  俺がそれに気付いたのは一弥が入学生代表としてスピーチをしたからだ。  久しぶりに見た一弥は、それはもう見違えていた。中学時代という一番変化する時期を知らないのだから見違えるのは当然なんだろうけど。俺と変わらない背丈だったのがぐんと伸び、おそらく一八〇近くはありそうだ。顔も、女の子めいた優しい顔立ちだったのにそれだけじゃなくなって、男の精悍さみたいなのも備えはじめていた。つまりは、途轍もなくイケメンになっていたってことだ。  驚いて本当に一弥なのかと疑ったけど、高木一弥なんてフルネームそうそうかぶることないだろうし。  それに、甘い柔和な顔立ちにはちゃんと昔の面影が残っていて――ああ、あれは一弥なんだと納得するしかなかったのだ。  俺は壇上の一弥を食い入るように見つめた。  スピーチをするって事は入学生の中で一番優秀な成績だった訳で。この学校では成績順にクラス分けがなされるので、一弥は特進Aクラスに違いない。そして俺はといえば、最後尾のD組だ。実際の所俺がここを受けたのはダメ元でなので、かろうじて引っかかったのが奇跡みたいなものだったんだ。  だから、ビリのD組なのは当然なんだけど。  ……ねえ、特進Aの顔良し頭良しのイケメンに、ビリのDが声掛けられると思う?  俺には恥ずかしくて無理だった。  生まれ月が早かったせいで何でも俺の方が良く出来たからどんくさい一弥にえらそぶっていたのに、その俺がDで一弥がAとか、恥ずかしくて仕方がなかった。  進学校に入学出来た嬉しさもぷしゅっとしぼんで、俺は徹底的に一弥を避けて過ごした。廊下ですれ違うのも、深くうつむいて絶対に顔を合わせないようにした。  そうしながらも、努力して努力していつか特進Aに入れたら『久しぶり!』って明るく挨拶したい……なんて夢想をしていたのだから本当に馬鹿だったと思う。  顔を見せなくとも体格とか歩き方の癖とか、個人を示す情報って色々あるじゃん?  俺が居ることは、一弥にはばればれだったんだ。  自分を無視する俺をあいつ……恨んだんだろうか?  ――だからこんな事を企てたんだろうか?  夏休みは勉強漬けの毎日だった。  来年、もしくは再来年に特進Aに入れることを夢見て、塾を掛け持ちして机にかじりついた。 「あのさ……、俺ね、ちょっと困ってることがあるんだ」  家と塾を往復するだけの毎日なのに、街中でばったり一弥に出くわして――それはもう、避けられないほど真正面から出くわして、咄嗟に逃げられずに捕まった。  『久しぶり』と言って一弥は俺の腕を掴んで手近なファーストフード店に押し込めて。  座るなり悲壮な顔をした一弥はそう言ってきたのである。 「ど、どうしたんだ……?」  俺は昔から一弥の頼み事に弱い。  今でこそ一弥は俺よりも背が高くて身体もしっかりしてるけど、幼い頃は月齢差の分だけ小さかったしやることも遅かったんだよ。俺はそんな一弥の面倒を見たり頼られたりするのが大好きだった。一弥は小さくてか弱くて、でもそれを上回るくらいにきれいな顔立ちをして頭も良かったし性格も優しく素直だった。そんな一弥だったから当然周囲からの評価も人気も高くてさ。  俺は顔も頭も普通で、敏捷さと元気さだけが取り柄の平凡男子だったから、人気者の一弥に頼られると鼻高々だった。一弥の『特別』みたいで、すごく気分が良かった。  そんなのは、一弥がこれだけ立派になった今じゃ勘違いなのにさ。でも習い性が抜けないのか、俺は一弥の悩み事にがっついてしまった。 「クラスでゲームしててさ、俺罰ゲームくらっちゃってね……」  しょんぼりと肩を落とした一弥。可哀想な姿に俺は身を乗り出して聞き耳を立てる。 「罰ゲーム。それがクリアできなくて困ってるのか?」  特進Aが罰ゲームって……予想外過ぎる気がするが。暇をもてあました天才たちの遊び、という事だろうか。 「うん。そう」 「俺が助けてやれる事か?」  そう訊くと、一弥はぱあっと顔を輝かせた。 「助けてくれるの⁉」 「俺に出来る事ならな」 「大丈夫。問題ないよ。純ちゃんが助けてくれるなんてすっごい嬉しいなぁ」 「そうか? で、罰ゲームってどんなヤツ――?」  訊いた俺を、一弥は上目遣いに見おろして――変な表現だが、要するに頼り切るような目で見てきたのだ。 「『D組の誰かと一ヶ月交際する』」  へ。 「こ・交際――?」 「うん。要するに恋人関係になってこいってことだよね」 「……恋人……」  うちは男子校だ。女子はいない。つまりこれは、同性同士で付き合うの前提の罰ゲームってことだ。 「いやぁ俺さあ、D組に知り合いいないからどうしようかと思ってたんだけど――純ちゃんが引き受けてくれて良かったぁ」  うちは男子校だが、進学校でもある。勉学こそが学生の本分であると邁進する奴らばかりだが、男女交際に興味がない訳ではない。  けど実際の所、女の子とお付き合いするって大変だろ? 出会いの糸口を掴んで交際に持ち込んで、そしてその交際を軌道に乗せてかつ維持し続けて……ってさあ。事ある毎にデートだプレゼントだサプライズだって、想像するだけでも大変そうじゃん? 多分、そう思ってる奴がいっぱいいたんだろうな?   恋愛はしてみたいが交際に手間暇掛けたくない――と感じた先人達の作った我が校の悪癖が『男同士のカラッとした疑似恋愛』だ。  もちろん俺はこの悪癖に染まった事はない。染まる予定もなかった。 「……引き受ける……」 「助けてくれるんでしょ、俺の事。だったら俺の恋人役、やってよ?」 「……ていうか、俺がおまえと同じ学校でしかもD組なの……バレバレだったのか……?」  呆然と呟くと一弥は不愉快だが可笑しいというように眉根を寄せた。 「ばれないって思う方が変でしょ? 声掛けようとしてんのにずう~っと無視してくれちゃってさ。悪いと思ってんなら罪滅ぼしも兼ねて、恋人役やってよね」 「……お――……」  駄目だ。そこまで言われちゃ逃げられん。  こうして、俺は疎遠だった幼馴染みと一ヶ月だけの恋人関係を結ぶことになったのだった。
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