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お前のばあさんは落ちてきた柿が頭に当たって死んだんだ、と秋の日の夕暮れ、赤い夕陽を浴びながら照り映える柿のなる木を指して祖父が言った。
そんな馬鹿なことがあるものか、と当時小学生だった私は頬杖をつきながらその言葉を聞き流していた。タバコのヤニで茶けた歯が覗く祖父の口から出るのは、幼い私を騙そうとする悪意のない嘘の言葉ばかり。
「ほら、見てみろ」
祖父が指さした柿の木が、吹いた風に揺すられた。日は今にも落ちんとし、薄暗くなった世界は視力の良い子どもの目にも捉えづらい。
けれどその中にあっても、まるで夕陽の橙の色を取り込んだかのように照り照りと鮮やかなオレンジ色を輝かせる柿の実は、目にしっかりと映っていた。
その柿が、風に揺られて落ちた。
熟しすぎてそのうち落ちる実だということは分かっていたが、祖父の差したタイミングとあまりに合っていたので祖父がその実をなんらかの術で落としたかのようだった。
落ちた柿が、いつの間にかそこに迷い込んできていた一匹の野良犬(当時、あちこちをうろつく野良犬はさして珍しいものではなかった)の頭にぶつかった。
狙い定めたかのように脳天に当たり、鈍い音が響く。
聞こえた声が叫びだったか呻きだったか、もうよく憶えていない。
低くくぐもっていたような気がするから、呻き声だったのだろう。痛みに驚き叫ぶより先に、苦しみの呻きが出たのだ。
野良犬は死んでいた。
「こうやってな」
と、祖父は柿の枝の下に転がった野良犬の死体を運びながら言った。
こうやってばあさんも死んだんだ、と。
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