夕映えの柿

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*  目を覚ますとそこは真っ白な病室で、室内には夕暮れのオレンジの色が濃く差しているところだった。  頭を撫でられる感触に視線をそちらに向ければ、この病室に長く入院している祖母の笑顔があった。どうやら祖母のベッドに突っ伏してうたた寝をしていたらしい。 「よく寝ていたわね」 「……もう夕方?」  お見舞いに来た時はまだ明るかったのに、もう日が暮れ始めている。 「おじいちゃんの夢を見たよ」 「あら、どんな」  祖母が問う。 「おばあちゃんの顔した柿を拾って食べてた」  そう答えると、祖母はあらあら、ふふ、と可笑しそうに笑った。  祖父はとうに亡くなっている。その祖父をどう思っていたのか――どう思っているのか、わざわざ祖母に訊くつもりもない。 「そうだ、これ――」  祖母がスーパーの袋を取り出した。中には柿が入っている。あの家の柿を、近所の人が採って持ってきてくれたのだという。 「あの家ももう取り壊すから、柿の木も無くなっちゃうわねぇ」  せっかくだし食べて、と祖母は袋の中の柿を私に見せた。そのどれもが、会ったこともない祖父の顔に見えるだなんて言ったら、また祖母はあらあらと笑うだろうか。  袋いっぱいに、老爺の顔が詰まっている。橙色の皮に皺だらけの顔を浮かべて、祖母の手に選ばれるのを待っている。 「それ」と私は指差し、柿を選んだ。一番色が濃くて、夢の中の最後の祖父によく似ている。 「これがいい? じゃあこれを剥こうかねぇ」  そばにあった果物ナイフを祖父の顔に当てる。お見舞いに来た私が剥くべきなのに、祖母はナイフを受け取ろうとする私の手を断った。「柿の皮を剥くの、好きなのよ」と言う。  皮にナイフの刃が食い込む一瞬、汁がしたたって夕陽を受けて赤く光った。あああ、と柿が叫ぶ。 「一番似ているものねぇ」  祖母はそう言って私の選んだ祖父を切っていく。おばあちゃんにも見えるのね、と私は嬉しくなった。 ***  ーー私はどちらの夢に属しているのだろう。  目を覚ませば祖母の夢の住人で、目を閉じれば祖父の夢の住人だ。現実ではきっとないのだろうと、それだけ理解し、身を任せている。祖父の悪夢も祖母の悪夢も、どちらも私には居心地がよい。  ……甘い匂いだ。  それは腐って饐えた匂いへと変化する。  病室のそばにはあるはずもない柿の木から落ちる実の匂い。世界に染み込んで、もう取れない。  嗅ぎ慣れた饐えたその匂いに私は深い安堵を覚えーーまた、目を閉じた。
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