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今年の夏に、黒い斑点模様が背中からお腹にかけて広がっている『メロン』から一頭の子牛が生まれた。
裸電球の薄暗い牛舎のなかで、かあさんと僕は抱き合いながら大喜びした。
生まれるまでずいぶんと長く世話をしてきたので、生まれたときの喜びはひとしおだった。
ただ、『メロン』のお尻から赤い血が混じった大量の羊水といっしょに白っぽい透明なビニールのようなものにくるまり、骨と皮だけのガリガリな体をした子牛が一気にドバーッとおちてきたときには、思わず目をそむけてしまった。
そして『メロン』が産気づいてから駆けつけてきた、いつも焼酎焼けで鼻の頭が赤い獣医のおじさんが、「メスだ」と言った瞬間、「ヨッシャー!」の雄叫びが牛舎に響いた――もちろん、かあさんの歓喜の声だ。
驚いてかあさんを見ると、十字を頭から胸にきり、顎の下に手のひらを合わせ、「神様に感謝します」とふだん見た事のないお祈りまで捧げていた。
出産のときには大きなヤカンでお湯を沸かし、そのお湯を家の前においた荷車に乗せた金だらいに入れては、何回も牛舎へと運んだ。かあさんが『メロン』についていないときには、苦しそうに汗ばんでいる『メロン』の体を優しく拭いてやったりもして、ずいぶんと手伝った。
かあさんはそのご褒美として、初めて僕に名前をつけさしてくれた。
僕がつけた子牛の名前、もちろん一番好きな食べ物、”ハンバーグ”。
それを口に出して命名した途端、かあさんの眉間に深い皺がより、口がへの字に大きく曲がった。
確かに、――甘いものに『ハンバーグ』は、似合わない 。
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