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1. おじさんは誰?
オーブンで焼き上げたローストチキンの香ばしい匂いに包まれながら、僕はレストハウスの外にでた。
果てしない静寂の向こう側に羊蹄山のシルエットが月光に照らされて、くっきりと浮かびあがっている。
凍れた地面に一歩踏み出すだすたびに長靴の底からキュ、キュ、と音がした。
息をするたびに暖炉とワインで暖められた胸のなかを、冷気がスゥーと駆け巡る。
僕は振り返り、丸太を積み上げて作ったレストハウスを眺めた。
レンガ作りの煙筒から、鼠色の煙が無風の夜空にゆっくりと昇っていく。
窓辺には料理を運ぶエプロン姿の妻と、フワリと湯気がたっているスープ皿を目の前にして、いまかいまかとスプーンを握りしめながら首を長くして待っている息子の横顔が映し出されている。
「あぁ―」
無意識に声を出した自分にハッとした。
決して悲しいからではない。
ただ、僕のかたわらにかあさんが居て、この情景を眺めながら微笑んでいる姿を思い浮かべたとたん、――胸の奥から嘆息にもにた声が思わず漏れた。
畏敬の念を込めて、天上に瞬く満天の星を見上げながら僕はつぶやく。
その言葉は、今までに何百回と繰り返してきた言葉――。
「高橋さん。あなたは今、何処にいるのですか?」
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