昼の君、夜の君、黄昏の君

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私の名前は夕子。 キラキラ女子大生の名前にしては古風。 いや、はっきり言ってダサい。 まぁ、見た目も地味だし、これといって特徴もない。雑踏に紛れると見つけにくい、とよく言われる。 早朝から働いているのも、近所の小さなお弁当屋さん。華やかさのかけらもない! そんな私の最近の悩みは、男性から口説かれていること。 「夕子、おはよ!今日も朝から早いなー!」 今、目の前が眩しいのは、朝日のせいだけじゃない。 黒髪に、小麦色の肌。歯はセラミックかよ。と思うほど真っ白で、そのさわやかな笑顔は憂鬱な朝を一瞬にして吹き飛ばす。 私がいる弁当屋のキッチンからは、主婦さん達の悩ましげなため息が聞こえた。 「おはよ。朝日先輩。 いつものシャケ弁当ね」 私は笑顔で答えながら、できるだけ彼から視線をはずして、いつも頼むシャケ弁を袋に詰めた。 「おいおい、夕子! そんな他人行儀な名前で呼ぶなよ。朝日でいいよ!あさひで!」 レジや包装を行うカウンターから身を乗り出した彼から、また光線のような笑顔が放たれる。 「あ、朝日さん!近いです! それと、早くサッカーの練習に行って下さい!」 私はお弁当の入った袋を押し付けながら、彼から距離を取ろうとする。 「はいはい! 今日は朝から夕子に会えたし、きっとめっちゃいいゴールが決められそうだ! じゃ、バイト頑張れよ!」 袋を受け取った朝日さんは、私の頭をくしゃくしゃっと撫でて、店を出るとスポーツサイクルに乗り、白いシャツをはためかせながら、お弁当屋さんを後にした。 朝日さんが去り、被っていた三角巾の位置を直していると、主婦さん2人が私の周りをわっと囲んだ。 「今の子、誰なん⁈」 関西言葉を使うのは、40代半ばでドラマ大好きの奥野さん。 「あー、あの人はうちの大学の1つ上の先輩です」 「でも、なんで?共通点なんて全然なさそうじゃない」 ヅケヅケとした言い方をするのは、30歳になる手前にシングルマザーになった上尾さん。 つけまつげが、バサバサと上下する。 「共通の授業で制作するレポートのパートナーにたまたま誘われて、それから…まぁ、仲良くしてます」 「で?で?付き合うん?」 いきなりの結論に、私はたじろいだ。 「いや、いや、いや!そんなまさか!」 えぇー!二人は仰け反り非難する。 「なんで⁈めっちゃイケメンなのに」 「そうやでー。 それに女の子は今が旬やから、パパーっと付き合わんと!」 「私だったら、絶対付き合う!」 「あんたはこぶつきなんやから、お金持ちにしとき!!!」 「えぇー!言い方、ひどーい!」 けど、本気の言い方ではないから、二人は顔を見合わせてケラケラと笑っている。 「夕子ちゃんは他に好きな子はいるの?」 「いや、別に。いないんですけど」 「だったら、いいじゃない!付き合っちゃいなさいよ」 「ええやん。別に、減るもんでもあらへんし」 減るとか、増えるとかそういう問題ではないのだ。 なにせ、ある日、二人でいつも通り並んでアイスを食べていた時、 『俺、夕子のこと好きだな…』 と言われたのだ。 まさか、まさかと呆気に取られて、俯くことしか出来なかった。 いつもの明るくて、ちゃらけた感じはない。 どこまでも真剣で熱い眼差しを、私に向けてくれた。 緑が生い茂る公園で、日差しのせいか、人生初の告白のせいかわからないが、顔が真っ赤になったことだけ覚えている。 そして、朝日さんは私が、自分のことを何とも思っていないことがわかっていて、 「とりあえず、立候補だけ。ゆっくりでいいから。ちゃんと俺のこと見ててよ。 夕子のこと、誰にも取られないように俺、頑張るから!」 と、拳を突き出して宣言した。 輝く目に、どこまでも真っ直ぐな人だな。と思った。 「ほんま。太陽みたいな子やね」 「ほんと、逃したら絶対おしいよ」 奥野さんと、上尾さんは見守るような温かい目を私に向けてくれた。 私は口先だけで笑い、さっき風で動いてしまった看板を直しに表に出る。 空を見上げると、手で覆わないと見れないほどに眩しい太陽がいた。 彼はその通り、太陽のようだ。眩しくて、力強くて、熱い。彼に会うとどんなに落ち込んだ人でも元気になってしまう。 人を生き生きとさせる人。 ついたあだなは「昼の君」
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