もう一度猫になれたなら

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 いったい、どれぐらい眠っていたんだろうか。  おいらがぱっと顔をあげると、そこはフワフワした気持ちの良い雲の上……。 「ここはどこだにゃ?」  ぐるりとあたりを見渡しながら、思わず問う。 「ししゃの国だ」  後ろのほうで声がして、おいらはばっとふりかえった。 「ししゃものくに!?」  にゃにゃにゃにゃんと!  それはサイコーだにゃ!  今すぐ、今すぐししゃもを持ってくるのにゃ!  しかし声の主は、かたくるしい口調で告げるのだった。 「おまえさんは、しんだのだよ」  ……。 「あんただれにゃ」  おいらは静かに問いかけた。  声はご主人に似ているし、みためもそっくりだけど違う。あんたは、ご主人じゃない。 「神様だにゃ……ぁあ口癖がうつった」  ご主人っぽいダレカはそっと口を抑えた。 「神様か……おいらにはニセご主人にみえるが」  おいらをだまそうったってそうは行かねぇぜ。ご主人がまだランドセル背負ったガキの頃から20年近く、ともに暮らしてきた仲だからな。気弱ならご主人の、そんなキリッとした精悍な表情は、見たことがねぇんだぜ! しゃべりかたもそんなハキハキしてないしな!  からだを低くしてにらみつけ、ぐるるっとうなってみせる。  だけどそいつは、落ち着き払って、 「地上でいちばん親しかった者の姿にみえるのだ。そのほうが話しやすいからな」 「にゃるほど」  すとん、と腑に落ちたので、またお行儀よくその場に座った。  どうやらおいら、ホンモノのご主人にはなかなか会えなくなっちゃったみたいだ。  賢いおいらは、悟った。 「さて、おまえさんはこれから極楽浄土猫組で生活することになるのだが……」 「猫組?じゃあ、ほかの猫もいるのにゃ?」 「ああ。ほかの猫はいるし、あとからも来る。何年か暮らすことになるからな、そのあいだはルームメイトだ」  それはちょっとワクワクする。 「いいかんじのおうちだといいにゃ」  神様は、一枚の紙を取り出した。何も書いてはいない。 「はい、そしたらここに肉球スタンプを押してください」 「これいるのかにゃ?」 「神様のコレクションなのだ……」  神様はにやにやしている。あ、その顔はご主人にそっくりだな……。  しかたなく、ピンクの朱肉に前足をふにふにして、真っ白な紙に、ぽん、と貴重な肉球スタンプを押してやる。 「えー、その他備考。おまえさんは特に可もなく不可もない功徳の積み加減だから、転生先は決まっておらん。一応希望だけ聞いておこうか」 「転生?」 「生まれ変わったらなにになりたいかということだ。人間でもいいぞ。言うだけならタダだし」 「うにゃー」  ニンゲンもシューカツとかザンギョーとかジョーシとかいろいろ大変そうだしなぁ……少し考えてから、答える。 「おいらはまた猫がいいにゃ」  すると神様は、ビミョーな表情をした。 「あと、ひとつだけお願いがあるにゃ、神様。おいらもう一度猫になれたら、またご主人のところの猫にしてほしいのにゃ」  ビミョーな表情は、だんだん、苦笑いに変わった。神様は肩を竦めた。 「うーむ、猫組に来るやつらは、みんなそう言うなぁ」 「そうなのにゃ?」 「ま、一応考慮しておこう。ほかの猫からも希望が出ているし、一括で管理できるかもしれん」 「よろしくたのむにゃん!」  こうして、ニューマイライフへの期待に胸を躍らせながら、おいらは神様に連れられて、猫組の門をくぐった。 「あ、それと一日一本のししゃもも忘れないでほしいにゃ。だってここは、ししゃものくになんだろ?」  ししゃもはおいらの大好物なのだ。ノーししゃも・ノーライフだ。 「はいはい」  と笑う神様の表情が、ちょっとだけご主人の面影と重なった……。
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