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僕は、さっきすれ違いざまに挨拶をした彼女のことが、中学生になって出会ってから、ずっと好きだった。いや、正直、今も好きだ。
彼女はついこの間まで原因不明の症状で声が出なかったのだけれど、そのことを悲観することなく、明るく人と関わる姿に、僕は心打たれたのだ。そして、顔も妹と同じくらい可愛いくて、簡単に言うと、僕のどタイプだった。もしかすると、一目惚れだったのかもしれない。
僕と彼女は同じクラスではなかったけど、妹は、彼女と同じクラスだった。妹は彼女と仲が良くて、その繋がりで、僕達は関わるようになった。そうなると、彼女の可憐な笑顔に魅せられて、僕はさらに彼女の虜になった。声が出ないことなんて、全く気にならなかった。
可愛くて可憐で明るい彼女は、当然、人気者だった。彼女自身は話ができなくたって、彼女が笑ってくれるなら、ぜひとも側で話をしようと意気込む輩は、掃いて捨てる程いた。しかし、その中でも僕は正直、彼女に近い存在だったように思う。妹の功績が非常に大きかったが、周りの者と比べても、僕たちはどう考えても、仲が良かったのだ。
あの男は、僕の目から見たら突然に、彼女に関わり出した。彼女と同じクラスで、僕とはクラスが違い、関わりもないから正直、よくは知らない。妹の話によると、クラスでは若干浮いていて、いつも一人で黙々と絵を描いているそうだ。だけど、一匹狼なその雰囲気と、少し影のある端整な顔が相まって、女子から人気があるらしい。
きっかけを作ったのは、妹だったそうだ。妹は僕と同じように面食いなので、僕の次に格好良いと感じたその男に興味を持った。好奇心旺盛な妹は絵をきっかけに男と話をしようと試みたけど、ここで、僕にとって非常に面白くないことをしてしまった。男と話をしようと近づく時、彼女を道連れにしたのだ。
妹が言うには、その時点で彼女は男に何の興味も抱いていなかったらしい。他の女子はあの男を前にすると少しばかり浮き立つから、彼女が適任だと思ったのだそうだ。
だけど、事態はさらに僕にとって悪い方向に動いた。妹が声をかけた時も、あの男は、相も変わらず絵を描いていたらしい。二人が近付くと、描いていた絵を隠そうとした。が、すぐにそれをやめて、描いている絵を見せてくれた。描いていたのは、彼女の似顔絵だった。それだけならば、密かに彼女を思っているのかとニヤニヤするだけでよかったらしい妹だけど(妹は別に、あの男に恋心を抱いていたわけじゃない。ただ、興味を持っていただけ。だから、あの男が誰を想っていようが構わない。もっと言えば友人である彼女が想い人ならいろいろと面白そうと思ったらしい)、あの男は彼女の似顔絵の横に、見たことのない男の顔も描いていたそうだ。不思議に思った妹が問いかけても、男は答えなかった。男は妹のことは眼中になく、彼女のことだけを見ていたそうだ。
その後、彼女に向かって笑いかけた男の笑顔は大変素敵だったと、妹が嬉しそうに報告してきたから、僕は何とも言えない気持ちになった。
その後、周りから浮いているその男は、彼女にだけは時折話しかけるようになった。二人とも絵画の全国コンクールで一位二位を争う程の腕前だったから、話題には事欠かなかったようだ。彼女も笑顔で応じていて、僕は面白くはなかった。
正直、妹は余計なことをしてくれたなとは思ったけど、僕は別にどうということはなかった。彼女は変わらず、僕とも仲が良かったからだ。
だけど、本当にある日突然、彼女とあの男は、一気に距離が近くなった。ちょうど、彼女の声が戻った頃のことだろうか。本当に仲睦まじくて、彼女とあの男が交際しているという噂が、あっという間に広まった。
妹が、彼女に真偽を問うと、不思議そうな顔をした彼女が口を開きかけたところに、タイミング良くあの男が現れて、さっと彼女の肩を抱いたらしい。
『そういうことを問うのは、野暮というものだ。』
そう言って男は、あっさりと彼女にキスをした。その瞬間が妹からはちょうど見えないように、角度を調整していたらしいが、妹はどうしようもなく興奮したそうだ。唇が離れた後、彼女が赤くなりながら『人前ではやめてくれ』と言っていたのも、とても良かったと嬉しそうに語られたが、僕の腸はぐつぐつと煮えたぎっていたのをよく覚えている。その場には彼女と妹とあの男の三人しか居なかったらしいけど、そんな軽薄なことをする男を、僕は心底不愉快に感じた。
僕は、妹に抗議した。
妹は僕の気持ちを知っていた。なのに、どうして彼女とあの男の仲を応援するような言動をとるのか。
僕の言葉に、妹は少し哀しそうな、淋しそうな顔でため息を吐いた。
妹も、僕と彼女が結ばれれば良いなとは思っていたそうだ。そうしたら、彼女が正式に身内になる可能性も出てくる。そのために、彼女と僕が仲良くなるためのきっかけも、たくさん作った。何もしなかったのは僕だ。その間に、あの男が、彼女と結ばれたのだ。
そんなようなことを言われ、僕は何も言えなかった。
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