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『まあね』と呟きながらも時計を見て、僕も焦る。ワイシャツのボタンもあいたまま、ネクタイを首にぶら下げたまま。それで僕はプリントを書き込む。
「ね。パパ。ママ、お洒落になったよね」
その通りで。街中に出勤、そして多少の小遣いが出来たことで、妻もすっかり元の洒落た女性に戻っていた。
「そうだね。でもママはパパと一緒にお勤めしていた時も、今みたいにお洒落で綺麗なお姉さんだったよ」
「それで好きになったんだ。パパ」
「あ、急げ、梨佳!」
ますますませてきた娘への回答を避けるように僕は時計を指さす。
娘と慌てて玄関を飛び出し、駐車場で互いの道へと別れた。
「は、しまった。ネクタイ」
車に乗ってやっとネクタイを首にぶら下げたままだったことに気が付き、僕は慌てて結ぶ。
「まあ、すんなり復帰できたみたいで良かった……」
研修期間も無事に終え、本部も試験的にロジスティックコール事業を開始。経験者の美佳子は皆のお手本だと課長から報告を受け、僕もほっとしていた。
美佳子も生き生きしていた。十年前、片思いだった女性が久しぶりに僕の目の前に現れたようだった。
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