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「本当に。あの……聞きづらかったんだけど……」
美佳子が口ごもった。
「なに。なんだよ。聞くから言ってくれよ」
『その、』と俯く美佳子だったが、一時すると何かを吹っ切るように真っ直ぐに顔を上げ、僕の目を見て言った。
「私があんなふうに辞めたことで、夫の徹平君がなにか悪く言われていないか心配で」
「あはは。なーんにも言われていないよ」
「私が気にしないように。本当は悪く言われていること、隠していない?」
妻だけに、僕が女性にどう接するか良く知っている。そして美佳子自身が一番『自分がどれだけ駄目だったか、どう駄目だと言われているか』知っていて身に染みているのだ。それを毎日、美佳子自身が持つ心のナイフでその身に刻み込んで過ごしているから元気がないのではないか。
靴を脱いだ僕は、その日は寝室へ着替えに向かわず、スーツ姿のままリビングへと足を向けた。美佳子がその後をついてくる。
ダイニングテーブルにビジネスバッグを置いて、僕はそのまま美佳子へ向いた。彼女が構えた顔をしている。夫の僕が、今日はすこし違う様子で、しかも妻だからこそ分かる顔を僕は今しているのだろう。
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