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椿祭、『お椿さん』。この祭が終わると春が来ると言われている。
それまでは雪山から吹き下ろしていくる鋭い風に吹きさらされる寒い日が続くが、それから急にふわりと花が咲くように暖かくほころぶ日がやってくるのだと――。この街ではそう言われている祭りだった。
参道は沢山の出店で賑わい、とっぷりと日が暮れ暗くなっても燦々と照らされる灯りの中、人混みで溢れていた。
僕達家族は出店から漂う美味そうな匂いにつられながらもぐっと堪え、境内へと向かう。
参拝客で賑わう境内で、僕は賽銭を取り出し美佳子にそれを差し出した。
「私も準備したわよ」
「だめ。これを投げて」
どうして? と美佳子。それを横目に僕から賽銭を投げた。
「厄落とし。貧乏くじを引いてその報いを受けたので、もうこれっきりになりますように」
柏手を打つ僕を、美佳子がきょとんと見ている。
そんな妻に。僕は緩く微笑みながら、小さく告げた。
「今日、断ってきた。本部への話」
「え!」
どうして! 美佳子が一瞬だけそんな顔をしたが、でも次にはなにもかも諦めた顔になってしまう。どうしてかなんて……。美佳子が一番よく分かっているだろうから。
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