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「本当だよ。僕のようななんの取り柄もない地味で目立たない男なんて、美佳子さんには対象外だっただろう」
「そ、そうだけど。若い時の女の子はそんなものよ」
「だから僕はずっと……対象外だと思っていたけど。それでも美佳子に片想いをしていたから、あの日、泣いた美佳子をあの店に……」
嘘、嘘と二人で顔を見合わせた。僕の目と美佳子の目がいつまでも合わさっていた。人混みの賑わいの中、僕たちの黒目が夜明かりに輝いてあの日に戻っていくよう……。もしここが人混みの中ではなかったら。僕はそんな思いで妻の手をそっと握った。美佳子も静かに握り返してくれる。心で僕たちは抱き合って、目の奥では裸になって愛し合っている。そんな胸焦がすひととき。
「あ、梨佳は。梨佳はどうした」
「本当、やだ。あんな大きくなって迷子とかやめて!」
ハッとした僕たちは甘く漂った空気を振り払い、人混みの中慌てて娘を捜した。
「もう~。なに二人でその気になっているのよ。パパがママとデートしたかっただけじゃん」
両親が見つめ合う現場を遠くからしっかり観察していたおませの娘に、僕たちが見つけてもらうハメに。
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