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少しは落ち着いたコンサル室の残業時間、デスクのパソコンに向かっているのは課長補佐主任の千夏と、課長デスクで黙々とデータを解析している佐川課長だけになる。
彼が腕時計を見たので、千夏もキーを叩いていた指先を止め、ひと息ついた。
「キリがないから、明日にしよう」
「はい」
毎晩、彼はそう言う。『キリがないから』『どうせ明日も同じ』『ここらでいいよ』と、終わらない苦情処理の後始末、その一日の区切りを何処かでつける。それで根を詰めている千夏も終わる気になれる。
そこで彼が携帯電話を手にするのもいつものこと。
「美佳子、僕。うん、ごめんな。今日は河野君とバッティングセンターに行って憂さを晴らしてくるよ。食事も一緒にしてくるから。なにか買うものある? 陽平のもの」
『陽平』とは、四十歳過ぎた佐川夫妻に生まれた男の子のこと。遅くに出来た息子だけに、佐川課長は可愛くて仕方がないよう。大きくなったら父子でなにをすると男親の夢も描いているようだった。
「わかった。えっとー、哺乳瓶の消毒錠剤に、」
課長ほどの男性が、乳幼児用品をメモしてドラッグストアに買いに行く準備をする姿。
「おしりふき、な」
おしりふき! 千夏はついにおかしくなって笑い出しそうだったがなんとか堪え、肩だけ震わせた。
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