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その顔が歪んでいた。悔しそうで泣きそうな顔。そんな彼の顔を見た千夏も泣きたくなる。本当に好きになってくれたんだと、ヒシヒシと伝わってくるから。
それでも千夏は辿り着いた駅で河野君の車を降りた。
別れ際、運転席の窓を降ろした彼に声をかけられる。
「有り難うございました。千夏さん、頑張ってくださいね」
――千夏さん。最後だけ唐突に名前で呼ばれる。
これで最後。最後だけ貴女の名を呼んでみたかった。そんな気がした。でも河野君はそれも言わず、笑顔のまま去っていった。
暮れる空の下、またひとり。また千夏はひとりで今夜も過ごす。雨が降っても、雷が鳴っても、ずっとひとり。望んだこと。彼に告げたとおり、仕事で課長と一緒に頑張るのが一番幸せ。
でも――。彼が言ったとおり。本当は寂しい。
だからって。好きと言ってくれる男の人に飛び込んでいいの? そんなこと、私には出来ない。
それから後。千夏が堀端でひとりランチをしていても、彼が来なくなってしまった。本当に諦めてくれたようだった。
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