イニング3 【 九回裏◇念ずればヒットする! 】

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 仕事モードを捨て去っていただけに、ドキリとする。厳しい横顔に変貌した瞬間を見つめていただけに余計に。 「はい、課長」  深呼吸、気合いを入れ直し、『落合主任』の心構えを整え課長席に向かった。  誰かが何か失敗していたのだろうか、私の指導不足だろうか。そう構えながら、課長の正面に。あの険しい顔のまま、佐川課長がひとつの書類を千夏に差し出した。 「これ、どうしたの」  いつもと変わらぬ起伏がない言い方だけど、怒りを抑えているのが千夏には直ぐに感じ取れた。こんな様子の佐川課長も滅多にない。心して彼が指さしている計算表を眺めてみると……。 「これ、主任が作ったんだよね。これ、僕がスルーしていたら僕も首が飛ぶけど、主任も完全に飛ぶよ」  一気に凍り付く。営業だけでなくコンサルで受注したものも合計した発注計数表。ある箇所からゼロが一桁分すべて違っていたうえに、項目もひとつずつずれているようだった。しかも次ページまで。ある意味ケアレスミス、でもこのまま通っていたら大損害。 「も、申し訳ありません。直ぐに作り直します」 「いや。いい」  佐川課長が怒りを込めた口調のまま、千夏が取ろうとしたその書類をさっと引っ込めてしまう。
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