1908人が本棚に入れています
本棚に追加
/281ページ
どうしてか急に千夏は微笑んでいた。顔もあげて涙を拭う。そして河野君の顔を見上げていた。
「大丈夫……そうですね」
「うん、有り難う。なんか……失敗しちゃったて自分から言ったらなんか変だけどスッキリしちゃったかんじ」
本当に涙が止まってしまった。濡れた顔をハンカチでも拭って、もう一度彼の顔を見て『大丈夫よ』と微笑むことさえできてしまう。そして彼からも微笑みが返ってきた。
「俺の電話番号、まだ持ってくれています?」
「……うん」
「なにかあったらいつでも。話し相手ぐらいなれますよ。勿論、無理強いはしませんけどね」
それだけ言うと、彼は『じゃあ』と言って階段を上がっていってしまう。
「有り難う、河野君」
なのに。返事はなかった。彼の大きい身体もあっという間に階段の影に隠れてしまった。
おかしな気分だった。他人に『失敗しちゃった。課長に帰れと突きつけられた』と言葉にして聞いてもらった途端、すとんと落ち着いたあの感触はなに?
それに……。階段を下りながら、千夏は肩に触れてみる。まだ、太い指の跡が残っているかのような感触。じんじんして痛い感触。そしてそこがなんだか熱い?
「もう、馬鹿力」
最初のコメントを投稿しよう!