1908人が本棚に入れています
本棚に追加
/281ページ
バットを手にパンツスーツ姿の女が打席に立つ。
「ええっとですね、バットを持ったら……」
「どうでもいい。私、さっき河野君が打っていた速い球でやってみたい」
「はい? えっと、あれって140キロなんすけど」
わかっている。
「いいの。やってみたいんだから」
「まあ、そういうなら……」
初めてバッターボックスに立つ女の無茶振り。『絶対打てない』ことが許せない元球児には納得できないようだった。それでも渋々とそのとおりにセットしてくれる。
「球、来ますよ」
ネットの外から河野君の声。
見よう見まねで構え、千夏は前を見据えた。……来た! ヒュッと言う音を感じて振り抜いたが、やはり背後でバスッと抜かれた音。うっそ、見えなかった。それでも千夏は何度も構え直し、球に向かう。だが同じ事の繰り返し。
「なにこれっ」
「だから言ったでしょ。落合さんはいま、プロ野球の投手を相手にしているようなもんですよっ」
「プロ野球ですって。益々燃えてきたわ。このまま行く」
「もう、なんていうか。……らしいっすねえ」
河野君の呆れた声が聞こえてきた。さらに千夏の目の前を反応する間もなく高速で過ぎていく白球達。
最初のコメントを投稿しよう!