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うん、鬱陶しかった。心でだけつぶやき、でも千夏は笑っていた。
「お願い。きっかけが欲しいの。ここに立っているきっかけはなんだと思う?」
彼が首をかしげる。
「この前、打てそうにない球を打てたから。河野君が打たせてくれたから。意地っ張りの私がどうすればうまく打てるか、黙って見て黙って……」
黙って騙してうまく乗せて。これだったら出来るよと体感させてくれたから。
でもあと一つ、あと一歩、大きなきっかけがあれば……。
「わかりました。俺もその賭、乗ってみましょう。でも投げて捕るって。ルールはどうするんですか」
そして千夏も決めていたことを、彼に教える。
「奇跡のバックホームをやるの」
そう言っただけで、商業野球部出身の彼が仰天した顔になる。
「無理、無理っすよ……」
思わずつぶやいた河野君だったが、それも一瞬。
『そうですね。それぐらいじゃないと、結婚は』と言った。
―◆・◆・◆・◆・◆―
日が長くなった夕。晴れたその日。千夏は佐川課長の車に乗せてもらい、約束の場所へと向かう。
「河野君、今日は外回りだって?」
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