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「河野君の肩なら届くと思うよ。試合中の差し迫った判断がない、整った状態での送球ならね。ただね。問題は送球を受けるキャッチャーだ。一度も野球の球を捕球したことがない女の子が、大男が遠くから思いっきり投げた球を一発で捕れるとは思えないんだよ。一発勝負なんて無理だ」
わかっている。だが千夏は引かない。
「たった一球に賭けるから、奇跡なんじゃないですか」
怯まない千夏の意固地は毎度のこと。『ああ、そうだね。そうかもしれない』と、佐川課長も何も言わなくなってしまった。
―◆・◆・◆・◆・◆―
空の向こうは夏らしく空高く上る真っ白い雲、ほんのりと茜色でふちどられ染まっていく。
ハンドルをゆっくり回す課長が、暮れる夏空を見ながらつぶやいた。
「さあ、ついた」
葉桜の並木、土手、そして河原の公園。ちょうどその真ん中を走る線路には、ガタンコトンとオレンジ色の電車がゆっくりと過ぎていったところ。
そして公園土手の脇にはすでにあの4WDの車が停まっていた。
「彼も落ち着かなかくて、さっさと仕事を切り上げてきたのかな。もう来ているよ」
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