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「そう。一発勝負。それで決める」
「大事な一球ですから。先に肩を暖めたいんですけど待っていてもらえますか」
「いいわよ」
とても落ち着いている。いつもの穏和な笑みを見せ、彼から土手の階段を下り、公園広場へと向かっていく。
その後を、千夏は佐川課長とともに降りた。
夕なずむの公園を見下ろしながら、課長はまだ納得できない顔をしている。
「あのさ。せめて三球とか五球とかさあ」
チャンスをもっと増やせと言いたそうだった。
「いえ、一発じゃなくては意味がありません。私の人生を左右する結婚を決めるんですよ」
「だからこそ。一発勝負って……。あ、うん。もういいや」
また課長は頭を抱えて唸りつつ、でも黙ってしまった。もうどう言っても『落合さんは落合さん』だとここだけはよく理解してくれている。
そんな課長が空を見上げている。夏の遅い夕ぐれ。その穏やかで優しい色が課長の目に映っている。
「そうだな。本当に、きっかけてあるよな。ずっとこだわっていたことが、ある日突然、ちょっとしたことで軽くなるんだ」
課長にもそんなことがあったのかと、千夏は片思いをしてきた男性の顔を見上げる。
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