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千夏の背後にある公園駅に、ガタンゴトンとやってきた電車がキキーと停車する音。人々が乗車下車するざわめき。やがて。千夏は河野君がその電車を見ているのを感じた。じっと見ている。
――ピー!
小さな電車のドアが閉まる。車掌の笛の音。
――来る。
そのタイミングを彼が計っていたことを千夏もわかっていた。
遠くの大男が振りかぶる。千夏の意識はミットのど真ん中!
――来るよ。少し前でミットを閉じるんだ。
背後から片思いで大好きだった課長の声。少しでも千夏に幸せを。そんな彼らしい純粋な声が聞こえたときには、真っ白い球がこちらに向かってくるところ。
少し前、顔に当たるかも? それぐらいで閉じよう! そう思ったのだが……!
ガタンゴトンと駅を発車した電車が遠のいていく音が、公園に響いている。
――『ミットにボールはない』。
その球は少し手前でバウンドし、千夏の横をコロコロと転がっていっただけだった。
――届かなかった。
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