1916人が本棚に入れています
本棚に追加
あの時、うんと下の下の下の道を地味に歩いていた僕の真上に、沖田に落とされた妻が降ってきた。偶然、僕が受け止め、そこで泣いている彼女がもう上には行けないからと僕に抱きついた。
額を抱え、僕はマウスをがちりと握る。そしてそのまま業務PCをシャットダウンさせてしまう。
「課長。残っていますが、明日、早めに来てまとめておきますので今日は帰ります」
「ああ、そう。いいよ」
課長はいつもなにもいわない。僕がやるままにしてくれる。
自宅に帰ると、妻と娘は先に食事中だった。
「お帰りなさい。もうちょっと遅いかと思っていたけど」
「うん、明日の朝、早めに出ることにしたんだ。なんだか今日は残業している人間が多くて集中できなくて」
毎日玄関で迎えてくれる美佳子もなんの疑いもない顔で『そう』と微笑む。
娘はテレビを見ながら食事中。僕は寝室へ着替え、そしてその後を妻がついてくる。
「今夜は酢牡蠣を作ったんだけど。お酒はどうする?」
部屋の灯りもつけずにネクタイをほどいてシャツのボタンを外す僕の後ろ、部屋のドアにもたれかかる美佳子からいつもの問いかけ。
肩越しに振り返り、美佳子と目が合う。
最初のコメントを投稿しよう!