シンクロニシティ(1)

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シンクロニシティ(1)

 おばあちゃんが私に(のこ)したもの。  心臓の鼓動(こどう)がトクトクしてる。  呼吸が少しだけ早くなった。  おばあちゃんの形見(かたみ)?  写真かな。  宝物かな。 「梓に教えてもいいよね、ママ」 「うん、梓ちゃんもう大丈夫よね」 「う、うん。おばあちゃんの遺品(いひん)、だよね」 「そうね」 「こっちだよ、梓」  パパは私を呼んだ。たぶんそういう物はたいがい納戸(なんど)にしまってあるから、出してくれるんだ。  3人のスリッパの音がペタペタ鳴ってる。私はわざと、パパの足のリズムの裏拍(うらはく)をとってジャズみたいにする。それにママのリズムが加わると、ヴォーカルが少しリズムをはずして歌ってるみたいになる。  私はすごく嬉しかった。私を閉じ込めて動けなくしてた(くさり)がフワッと羽毛みたいに舞い上がって、私を宙に浮かばせて軽くさせた。  すると自分がタップダンサーになった気分になってくる。  魅惑(みわく)のリズムで、タッタッタタタン、タッタッタタンって私の(かかと)がグルーヴを刻む。  廊下の間接照明がスポットライトみたいに私を照らす。うちの廊下がビヨーンって伸びて、舞台の花道(はなみち)になった先には、納戸。 「梓、こっちこっち」 「え?そっち?!」 「ちゃんと、言わなきゃだよな」  え、ここって……。 「本の部屋じゃん……」 「そうだよ、梓ちゃん。この部屋の本は、おばあちゃんの本なの」  その場面が目に浮かんだ。  私とおばあちゃんの思い出が目に浮かんだ。  この部屋。  この本の部屋。  おばあちゃんと私の思い出の部屋。  そうだった。  知ってたんだ、私がこの部屋を好きな理由は。  大好きだったおばあちゃんとの思い出の部屋だから。  おばあちゃんがいる。  足元に小さな私がいる。 「梓、どれを読んでほしいの?」  おばあちゃんが私に聞く。 「これこれ、これだよ」  私が少し高い所の絵本を指差す。 「はいはい、これだね」  そうだ、いつもおばあちゃんに絵本を読んでもらってた。それがすごく楽しくて、いつもこの部屋に来てた。  私がいろんな絵本を持ってきて、床に広げてる。読み終わったらちゃんと元に……。 「梓、読み終わったら、ちゃんと元に戻すんだよね」 「うん、知ってるよ」  そうそう、おばあちゃんの教えだ。そのことを誰に教えられたのか、いっぱい読んでもらった本は誰に読んでもらったのか、ずっと思い出せなかった。 「おばあちゃんは、梓が大きくなってもこの部屋は残してほしいって言ってたんだよ」 「おばあちゃんが?」 「そう、いつも言ってたわ。この部屋の本は梓ちゃんへの自分からのメッセージだからって……」 「メッセージ?」  ママを見た。自分の肩が身震(みぶる)いした感じがした。 「そう私のお母さん、梓ちゃんのおばあちゃんは……」 「えっ!!」 「みかえつばき、本の作家をしてた人なの」  みかえつばき、が私のおばあちゃん?!うそ……。 「えっ?!うちは御神本(みかもと)でしょ?!みかえじゃないでしょ?!おばあちゃんはママのお母さんだから、おばあちゃんも御神本でしょ?!」 「ああ、そうだな。それとなると……ああこれこれ。はいどうぞ、梓」パパが本棚の高い場所から一冊とって私にくれた。 【 おもいでどろぼう 御神話(みかえ) 椿(つばき) 】  みかえつばき……本当だ。ペンネームは御神話(みかえ)なんだ。みかもとの(ほん)が、(はなし)になってる。()って読むだなんて思いもしなかった。もっと言うと、御神話(ごしんわ)になってる……。すごい。 「おばあちゃんの書いた、本……」 「そうだな」 「私へのメッセージ……」 「そうね」 「おばあちゃんが、そう言ったの?」 「梓ちゃんにも言ってたと思う。小さかったから(おぼ)えてないよね」 「憶えて、ないかな……」 「あれからパパもママも、梓がこの部屋によく来ることが、とても理解できたんだ」 「そうなの?」 「梓ちゃんがおばあちゃんのことをたとえ思い出せなくても、この部屋でこのいっぱいの本と触れ合ってくれていれば、おばあちゃんの願いは届いてると思ったから」 「うん、何となく分かる」 「それに梓がこの部屋で、静かに何かを考えてる時間は大切だって思ってた。いつの間にか空想部屋って言ってたけどな」 「そうだね、今もそうだけど」  そうだ……じゃあ。 「あのさ」 「ん?」 「どしたの?」 「樹の守り神たち、って本知らない?」  私はどうしても、これだけですべて解けたとは言いたくなかった。
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