シンクロニシティ(4)

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シンクロニシティ(4)

『私、見角っていうの』 『梓でしょ?知ってる』  彼女の記憶。  命より大切な彼女の記憶。  棗ちゃん、今どこにいるのかな。  私は彼女との記憶をたどった。  教室や体育館も、図書室だって学校中を。  通学路も、駅だって、寄り道した鯛焼屋さんだって一緒にお買い物したアーケードだって。それに、あなたが私の涙を拭ったあの坂の上も。  それに棗ちゃんの家があった所も、あの若林の家があった所も、三賀山遺跡だって行った。  山のてっぺんのお寺の境内にある、棗と梓の木の場所にも。  全部が大切な思い出の場所。  だけど……。  手がかりは何一つなかった。  棗ちゃんへ繋がる手がかりが。  三賀山遺跡に行くのは少し怖かったけど、あの露頭に触ったら何か分かるかと思ってやってみた。けどダメだった……。  正直に言うと、私はかなり元気をなくしてしまってた。誰からも知恵を借りられなくって、誰にも頼ったりできないって辛い。  でも泣かないって決めたんだ、私。 『大英博物館に行きたいんだ、私』そっか。 『お守りにいいかもね、守護神』そだね。  そういえばあの時、棗ちゃんは市立図書館であの図鑑を見てた。あの時、私は少しだけ(のぞ)き見しただけだった……。  とりあえず行動だよね。  市立図書館はいつものように混んでいた。全面ガラス張りの窓、洗練された館内、なのに自然な木のにおい。人が自然と集まるはずだと納得する私。個人的には建物全体がオシャレすぎて、SFアニメの移動要塞(いどうようさい)っぽく感じてることは内緒。  美術・芸術……百科事典・図鑑……世界の美術館・博物館ってかんじだったよね。  発見。さすが私。  大ファラオのてーいーこーくーっと、ん?  あ、落としちゃった。図書カード? いや、今時(いまどき)そんなものないよね。 「!!!」  私は心臓が止まったと思う。何秒くらい?それはすごく長く。  おもむろに開いた図鑑からふいに床に落ちた、ふたつに折りたたまれた紙。  拾う私の手がやや震える。  カラカラに乾いた私の指先が、床にピタリと落ち着いた一枚の紙を拾いあげられなくて苦戦する最中から、折りたたまれた内側の文字に目を奪われてマジで震えが止まらなかった。  御神本梓様  このメッセージカードは私からのパスポートだよ。大切にしてね。  見角棗  まだ震えてた。胸の奥がギュっと締め付けられて、歯を食いしばっても涙をこらえるなんてできなかった。  棗ちゃん。  大切にするよ。  絶対大切にするよ。  なぜ私がこの図鑑をまた開くと予想できたの?  きっと私に何か伝えたかったんだね。もしかすると、こうなることも予想してたの?  今どこにいるの、棗ちゃん?  メッセージカードを自分の胸に握り締めて、私は床に座り込んだまま彼女への想いを心の中で叫んでた。  会いたいよ。  棗ちゃんに会いたいよ。  それに難しいよ。パスポートって何なの?  その瞬間、私の脳天を学問の神様が手に持ってるシャクで、思いっきりひっぱたいた音がした。 「玄関のキャビネット!!」  とたんに私の背中がジェット噴射した。  通路も人垣も扉もが、勝手に私の行く先をすっぽり空けてくれた。  自分がこんなに猛ダッシュしたのって、ストーカーから逃げたとき以来だと思う。  もう通行人がどう思ったって構わない。きっと女子中学生が必死に走ってる、それだけ。  ついには、雪がちらつきだしてる。  そしたらまたしても、真冬日のメチャクチャ冷たい空気が私の気管を締め付けて苦しいけど、立ち止まることなんてできなかった。耳も冷たくって、目は涙ぐんでて、ほっぺは真っ赤になってても私は家まで走った。  だって私は完全に記憶メモリから検索されない場所に、とんでもなく大事な物を格納してしまってたんだから。やっぱりダメジョだよ!!  待ってて棗ちゃん、パスポートはもらったから!!  ホームベースに滑り込むランナーのつもりで自宅前に駆け戻る。  ダウンジャケットのポケットから出てこない鍵、もつれる足、無意識に私は、土俵際でこらえる力士みたいに“どすこいの形”をしてた。  落ち着ついて、落ち着いて私。  やっとダウンジャケットのポケットから鍵が出た。  自分の息が白いってことに今さら気づく。  (かじか)んだ手を白い息であっためる。  不思議と扉を一枚だけ中に入っただけで、寒さを感じなくなった。  静かに玄関のキャビネットを開ける。 「あった……」  それは、箱ティッシュより少し幅の広いボックス型だった。  あの時は勇気がなくて開けられなかったけど、あらためて見ると、送り状のあて先と差出人の文字は間違いなく棗ちゃんの直筆(じきひつ)だった。  御神本梓様  見角棗  箱の角から貼られてるテープを()がす。  包装紙がかかった中身を開いてみる。 「あ、本だ……」  私が棗ちゃんに貸してた、仲のよい姉妹のお話の本だった。たしかにこれも、みかえつばき作なんだな。 【ジュジュとグロッサ みかえつばき】 「ん?」  ただ中身はその1冊の本だけでなく、数冊のノートも一緒に包装されていた。  私はノートの中を確認する。
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