ジャンプ!(2)

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ジャンプ!(2)

 私と守護神は、雪がちらつく三賀山遺跡に来ていた。石ころや岩も木々たちも、(こご)えてピクリともしない。普通に冬眠ってことにしとこ。  誰もいなくって、耳が痛くなるほどシーンと静まり返るあたり一帯は、遺跡発掘とかナントカ研究とか、冬の間はいろんな作業が一時中断って感じになるんだなぁ。  遠くの岩場の方では、地表から煙か蒸気かなにか立ち昇るポイントが何か所かあって、見方(みかた)によってはかなり幻想的(げんそうてき)。実は私、まあまあ好きだったりする。あんな経験さえしなければ、もっと遊びに来てたかもな……。 『君にとって時間経過(じかんけいか)とは、何をもってそう認識(にんしき)する?』  いきなり喋り出す守護神に、リラックスを断ち切られて少しムッとした私は、ぶっきらぼうに答える。 「時計だけど」 『時計がなかったら?』 「う~ん、体内時計とか?」 『それも時計だろう』 「時計がなかったら、朝昼晩くらいは時間経ったなあって分かると思う」 『では、朝昼晩はなぜ分かるのだ?』 「それは……朝が来て、夕方に太陽が沈んで月が出れば夜だから」 『つまりどうなると時間は進むんだ?』 「地球が回るからでしょ」 『まあいいだろう。過去とは、つまり地球を逆回転させたら良いということだな』 「そんなこと……できるの?」 『できない』 「できんのかい」 『しかし私は、それと同等の作用を持ち主に与える権利がある』 「それが……」 『エルクァフゾ』 「まるで本の中のお話じゃん」 『凡人(ぼんじん)にはそう思えるかも知れぬ』 「どうせ凡人ですよーだ」  そう言って両手で守護神を高らかと(かか)げ、私はふくれっ(つら)をわざと上に向けた。  その私の声が、少し山あいにこだました気がした。こだまが、ブーメランのごとく鋭利(えいり)な風になって返ってくる。 「うう、つめたーい」  守護神は簡単そうに言うけれど、そもそも私にそんな一般的な運動能力が備わっているなんて到底(とうてい)思えない。 「まず日常生活で後ろにジャンプする機会なんて、まずないでしょ」 『前はあるのか?』 「前ジャンプは普通にあるでしょ」 『それは(さいわ)いだ。ならばその上に立て』  守護神は私の目の前にある、カボチャみたいな岩に私を立たせた。 『ジャンプだ』 「後ろに?」 『当然だ』 「よっと」 『いいじゃないか』 「えへへ、そうかな」 『では次それだ』  次はスイカくらい。 「わっと」 『いいぞすごく』  ()められる度に私はすごくいい気分になって、守護神の言う通りにジャンプした。その度に季節が変化していたことに気が付くこともなく、後ろジャンプに没頭(ぼっとう)してた。 『君は実に才能があるな』 「褒めすぎだけど、もっと言ってほしい」 『では今日は最後に、ここからだ』 「は?いや、コレは落ちたら死ぬでしょ」  守護神が指し示したモノ、そこは露頭のテッペン。つまり地層が上下にズレた崖の上だった。こんな所から飛び降りて万が一失敗したら……。 『エルクァフゾに落下はない』 「なんでよ、落ちるじゃん」 『その場合、物理的な落下の前に逆回転するからだ』 「そんな単純なの?」 『そんな単純な訳がないだろう。君が理解できるようにナノレベルに()(くだ)いて説明をしているんだ』  メチャクチャ嫌味(いやみ)な言い方……。こんなこともグッと我慢できるのは、地図を手に入れるため。 『どうしたというのだ』 「いや、ちょっと待って」 『そうか、待とうではないか』 「…………」 『…………』 「やっぱ無理だわ、怖すぎる」 『うむ、そうだな。やはり目から誤った情報が取り込まれているからな』 「私?どこが?高いじゃん、崖だよ?」 『君にそう見えるだけなんだ、実のところはな』 「またまたー、そんなデマカセ(だま)されないんだからー」 『これは困った……典型的に目から吸い込んだマボロシを見せられているらしい』 「イヤ、嘘だよ」 『君は以前から割とそうだった、だろう?』 「イヤ、やめて」 『そこの背後にある、フワフワの雲に乗るんだろう?』 「ちがう、ちがう」 『さあ!ジャンプだ!』 「ヤダ!!」 『いけぇー!!』 「イヤァー!!」  一瞬の気の緩みに、気が付けば私は守護神を胸に抱えた状態で、背面バンジージャンプしてた。 「私、おわった……」  そう思った時、すでに私の両足はピタリと地面に着いてキレイに着地してたからビックリ。 「あれ、なんで?」 『だから言ったのだ。ちなみにエルクァフゾは、時間経過が逆回転しても場所は少しも移動しないからな』 「ここ、どこ?」 『つまりその質問は“ここがどこか”ではなく、“ここがいつの三賀山露頭なのか”という質問であるべきだ』  私は自分の目を疑った。  守護神の言うことも、あながち間違いじゃないと信じられる。というのも、周囲の風景は山林の具合が少々違うかなってくらいで、三賀山なのは疑わない。でも……。 「ここ、いつなの?」 『100年ほど前なのでは?』 「えっ、そんな……」  ここには、たった今この私が飛び降りた崖は1ミリの高低差もなく、ペッタンコな平地になっていた。
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